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□重なる影
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開けたドアを抑えながらあがれ、と視線でうながされ、一声かけて森田は中に入った。足音を立てず先を進む銀二に続く。銀二が暗闇の中で、手探りでスイッチを押した。
電気で照らされた部屋と久しぶりのにおいに、胸がきゅっと締めつけられて、森田は泣きたくなった。
たいした変化のない、あいかわらずものが少ないリビング。銀二は自室にものを持ち込むくせがある。来客を通す場所は、生活感がうかがえないほどものがないかわりに、銀二の部屋は必要以上にものが溢れている。仕事の資料にはじまり、なぜかリビングのテレビのリモコンまであったこともあった。どういう経緯で部屋に持ち込んだのか、銀二と考えたことを思い出して、胸が苦しいまま少し笑った。



「今日はリビングで寝ろ」

とりあえず、とソファーに落ちついていると、唐突に銀二に言われ、森田は首をかしげた。
―――まだ森田が銀二と同居していた頃は、銀二が部屋を用意してくれて、そこで寝ていた。なのになぜいまさらリビングで寝ろと言うのか。意図がつかめず返答に戸惑っている森田に、銀二は少しバツが悪そうにくちびるを尖らせた。

「…ないんだよ」
「ない?」
「家具一式、棄てた」

目を丸くして部屋を確認してみれば、中はガランとして、ベッドすらなくなっていて。

「…きれいに全部棄てたね」
「掃除がめんどうだったから」

森田が使っていた部屋も、元々リビングと同様に、ベッド以外置いてない部屋だった。クローゼットやサイドテーブルなどは、必要に応じて森田が買い揃えたものだ。だから、銀二の言葉に偽りはないのだろう。

「明日、買いに行くか。だから今日はリビングで寝ろ。毛布はもってくる」

立ちあがって自室に消える背を見ながら、さっき感じた感動とは別の、違う感情を覚えた。数年ぶりの再開を数時間前にしたというのに、話すことがここちいい。だけどどこか違う、不確かだが、違和感を感じた。それの正体を確かめようと、森田は銀二を追って、部屋に向かう。
銀二の部屋はリビングの生活感のなさとは打ってかわって、ものが溢れ返り、むしろどう過ごしているのか不思議なくらいだ。本や仕事の資料がそこら中に散乱して、なんのためにあるのかさえわからないものも転がっている。リビングが変わっていないなら、銀二の部屋も同じか、以前より散らかっていた。

「悪い、もうちょっと待ってろ」

ドアが開く音で森田にきがついた銀二は、毛布を引っ張りだすことに苦戦していた。転がっているものに気をつけて、中に足を踏みいれる。
苦戦を繰りひろげる銀二に近づいて、森田は後ろから抱きしめた。

「ここで寝たい。一緒に寝ていい?」
「…この部屋で、二人寝るつもりか」
「くっつけば大丈夫ですよ」

銀二のベッドは広い。二人で寝るくらい楽なものだが、ベッドの上にもものが散乱している。――銀二がそこで生活している証拠だ。したがって、隙間は一人分ほどしか空いていない。

「だめ?」
「…仕方ねぇな」

するりと森田の腕から抜けた銀二は、ベッドの上のものをいくつか落とす。それでも、一人で寝るには充分で、二人で寝るには狭いスペースに、横になった。

「もの、落とすなよ」
「はい」

銀二を抱いて寝る。
いとおしさと懐かしさと、どうにも形容しがたい思いが混ざりあって胸を占めて、森田は深く息をはいた。ゆっくり出す息はわずかに震えていて、それに気づいたのと同時に、手が汗ばんでいるのを感じた。
銀二の背に感じた違和感は、なんのことはない、ただ緊張していたのだ。久しぶりに触れる、銀二の内側に。
認めてしまえばするすると違和感は消え、自然緊張もゆるむ。

「明日、買い物ついでにどこか行きませんか」
「どこに?」
「どこか適当に」
「いいけど、覚悟しとけよ。立て続けに仕事ある上に、多分、安田に一晩付き合わされるぞ」
「う…はい」

二人の空間で、二人にしか聞こえない小さな会話は、森田のあくびと銀二の笑いで終止を告げた。

「くく、おやすみ」
「おやすみなさい」

影は照明とともに消える。
ものに囲まれていても、確かにそこは二人だけの空間。
重なった影は、朝まで離れることはなかった。




End


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