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□好意の扱い方
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陽の当らない裏路地に溜まる鉄臭さ。
聞こえるのは荒い息使いと呻き声。
時たま吹く風はその二つと比べれば、とても小さく掻き消され。

そこに立つは二人。
数分前はネクタイまでかっちり締めていた、値の張る特注のスーツは所々泥と血糊で汚れ。
周りに倒れているチンピラと合わせ見れば、何が起きたのか一目瞭然だった。

「気は済んだか?」

場にそぐわない落ち着いた声を発するは平井銀二。
その口の端は若干青紫になり、腫れを含んでいた。

「暴れたなぁ」

そんな声を背に掛けられた森田はむっとしながら振り返る。

「だってあいつら銀さんの綺麗な顔を傷つけて…!」

「ばか。男相手に綺麗なんて言うもんじゃあない」

「そうですけど…。銀さんは別です!」

真っ直ぐに言い切られたことに、くく…と喉で笑い。
興奮の冷めきらない森田を宥めるよう、肩に手を置いた。

「ありがとよ。そろそろ巽達が来るはずだ、先に帰って風呂の用意してくれ」

「え?まだ仕事あるの?」

「ここをこのままにして帰れないだろ」

誰も―少なくとも、森田がチンピラと戦っている間は―通らなかった裏路地。
しかし何時誰が来るかわからない街中。

たかがチンピラ風情が倒れているからといって、銀二達の仕事に支障が出るとは到底考えられない。
だがもし公僕が目撃証言でも得たのなら、面倒事が起きるのは目に見えている。
不要な種は先に摘んでおく。それが銀王のやり方だ。

「なら俺が残りますよ」

仕事上がりで疲れているであろう銀二にやらせる訳にはいかない。
自分で起こした不祥事なら尚のこと。
最低限銀二に頼らず、早く自分の力で隣に立ちたいと願う森田にすれば譲れない。
しかしその意思を汲み取った上で銀二は首を振る。

「こういうことはお前より俺の方が慣れてる。なに、そのうちお前に全部任せるようになるさ」

「でも…」

どこか煮え切らない様子の森田に、銀二は目元を緩める。

「今日は助けてもらったからな。これで貸し借り無しだと思えばいい」

な?と返事を促され、漸く森田ははい。と笑顔を向けた。




ほどなくして巽と安田が到着し、森田は一足先に安田の車で帰宅する。
残った銀二達はチンピラを処理するべく手配した。
仕事上慣れている為すぐに終え、車の中で一服する。
黙々と互いに煙を吐き出していると、巽が口元に弧を描いているのに気が付いた。

「なんだ?」

銀二の問い掛けに、半分ほど残っていた煙草をフィルター近くまで一気に吸い込み、ゆっくり吐き出しながら吸殻を灰皿に押しつけ一拍置いて口を開いた。

「森田と一緒で気が抜けたかい?」

自分の口の端を指さしながら、サングラス越しに銀二に視線を向ける巽。
不意打ちとはいえチンピラに一発貰ったことを指しているのだと理解し、今度は銀二が笑みを浮かべた。
先刻森田に見せたものとは真逆の、鋭くどこか他を見下したような笑みを。

「俺がこんなところで油断すると思うか?」

「いや。むしろ考えられないな」

巽の返答に当たり前だと言わんばかりに鼻で笑う。

「たかが一発で面倒事が終わるなら、楽なもんだろ」

森田が自分をどれほど好いているか知り尽くしているから、あえて受けた一発。
それだけでどうなるか見越して。

「森田の好意も銀王にとってはただの道具か」

「人の好意は利用してなんぼだろ?」

「怖いねぇ」

巽が肩を竦めて言うと、銀二も短くなった煙草を灰皿に押し付け消した。

同時に動き出す車内で、言われた通り風呂の準備をしながら律義に待っているであろう森田が容易に思い浮かび、また笑う。



(…自分じゃ気付いてないんだろうけど)

横目で銀二を見やる巽は苦笑した。

(嬉しそうだぜ、銀さん)

長い間共に仕事をこなしてきたから判る僅かな変化をあえて口に出さず。
これから銀二本人がどう変わるのか、少し楽しみに思えた。





end


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