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□伝えたい言葉
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「…ちくしょう…!」

苦しそうに声を絞りだし自分を見つめる青年に対してオレにはもう出来ない目をする奴だな、と冷静に頭が働いた。

銀二は絨毯に倒れていた。正確には押し倒されていた。
森田鉄雄によって。

元々は雑談をしていた。
次の仕事の話や取り止めのない世間話。たまにお互い声をあげ笑い、世代の違いを実感しながらの談話。
それだけだった。
それだけの予定だった。
話を肴に酒を呷り気分が高揚したことがいけなかったのか。
ただ弛緩した視線にいつの間にか絡んだ不穏な雰囲気、謂わば欲。森田が銀二に持つ感情が酒の力を借り、主張してきたのだ。

銀二は森田の気持ちを遠の昔に気が付いていた。
しかしそれに答えることもなく拒否することもなく、知らない振りをしていた。
その上で仲間として森田と接していた。
当の森田も人の行動、心理に疎いわけではない。
ただの知り合いならともかく、憧れ更に特別な感情を抱く相手。となれば銀二の行動を汲み取り、表面上は仲間として振る舞ってきた。

心身ともに強い青年は想うだけで自身の感情を抑えていた。
しかし、酒の力は恐ろしい。
熱を含んだ視線を感じながら躱していた銀二を、森田は力任せに絨毯の上へ押し倒した。
肩を抑え上に跨がり身動きを封じ。そして苦しそうに声を絞りだした。

「なんでだよ…」

それは銀二の行動に対してか、自身の気持ちに対してなのか。
銀二にはわからない。多分呟いた本人にもわかってないのだろう。

森田は銀二の頬に手を添え唇に自分のそれを重ねる。
気持ちに身を任せ荒々しいものになるのを堪え、可能な限り優しく。傷つけたいわけではない。ただ銀二が愛しくてたまらないのだ。

酒の香りと味がするキス。アルコールのはずなのにどこか甘い気がした。

「銀さん…」

名前を呼び、また口づける。
そろり、と森田が舌を絡ませてみても銀二は拒否する様子はない。勿論迎え入れることもない。
ただ森田のしたいようにさせていた。

唇を薄く開き四肢の力を抜いて。抵抗をする気配は一切ない。
しかしそれが森田の胸を締め付けた。
受け入れられなくとも、拒否であろうとも。いくら気持ちを知っていても、銀二がいきなりの自分の行動に全く反応を示さないことが、なにより辛かった。
このままこれ以上の行為を森田が求めたところで、銀二は拒否をしない。
けれど朝を迎え目が醒めれば、銀二は何事もなかったように変わりなく森田にコーヒーを差出し、一日を始める。
そんな今までと同じ日常を望んでいないかと言えば嘘になる。仲間として銀二の側にいることは心地よく、好きだった。
けれど今望んでいるのは今までと違う日常。
違う関係。

被さっていた身体を離し、森田は銀二を見つめる。
気配を感じた銀二は閉じていた瞼を開けた。

交わる視線に何度か口を開けては閉じる、を繰り返したあとで、意を決したように僅かに震えた息を吐き出した。

「…銀さん、俺は…」

言い掛けて一刹那止まる。
銀二に誘われ新しい世界に入るときもこれほど迷うことはなかった。
気持ちを伝えるということがこんなにも迷うものだと初めて森田は知った。

「俺は…あんたが…」「森田」

遮る声。
銀二が初めて示した反応。
森田が気持ちを伝えることを銀二は許さなかった。

一番したいこと、伝えたい言葉だけを拒否をする。そんな銀二が酷く冷徹に思えた。
気丈に振る舞おうとして失敗し、浮かべた泣きそうな笑顔を隠すよう、銀二の肩口に顔を埋めた。

時折漏れる小さな呻き声は闇と同化した空間に溶けていった。




End


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