お題・他

□銀森
1ページ/1ページ


ベッドの縁に腰掛けぼんやりと宙を見つめる。
死線を潜ったあとの精神的な疲労と張り詰めていた気の抜けようは酷く、電気を点けることやジャケットを脱ぐことすら億劫で、暗く閉めきった部屋にただ居た。
500億という大金と仲間と命を賭けた常軌を逸した麻雀。蔵前邸にいたのは時間にしてみれば一日弱程度のはずなのに、もう何日も狂気に身を任せていたような感覚がした。

銀二と共にマンションに帰ってきて一言二言交わしてすぐに部屋に引っ込み、気の緩みを取り繕うこともしないでひたすら時間と煙草を消費していた。煙草は火を付けては一度も吸うことなく、灰にするのを繰り返しているのだけれど。
煙が充満している部屋で森田は妙な感覚を抱いていた。
大勝負で勝ちを納めたにも関わらず中々喜べない。それどころかどこか夢心地で、本当はまだ蔵前邸にいて、一時の夢でも見ているのではないかとすら思えてしまって。
現実が夢と交ざり合った不安定さに森田は自嘲した。

指先に熱を感じた。また煙草がフィルター間近まで灰になっていた。
サイドテーブルにある灰皿に押し付けると簡単に灰が崩れた。黒い上質な石でできたそこには、似た残骸がいくつも転がっていた。

時間はわからない。けどそろそろ寝ようと思った。
――そういえば明日からすぐに動くって銀さん言っていた。
なによりこの感覚から早く抜け出したかった。
のろのろとジャケットを脱いでネクタイを外す。掛けなきゃいけない、と頭ではわかっているけど立ち上がることが面倒くさい。結局床に放っておくことにした。

目を閉じても寝返りを打っても眠気が訪れる気配がない。それどころかぼんやりと思考を散乱させることをやめた分、曖昧だった感覚がクリアになっている。

もやもやとした形容しがたい感情が込み上げ、起き上がったのと同時に、キィとドアが開く音と部屋に明かりが射し込んだ。
暗闇に慣れた目には眩しく手をかざした。

「起こしたか?」

「いえ、起きてました」

はっきりした口調で答えると銀二はするりと部屋に入り、静かにドアを閉めた。
森田はまだちかちかする目に瞬きを繰り返す。足音がゆっくりと近付いてくるのを聞いた。
ベッドの脇で止まった銀二を、再び暗闇に慣れた目で見上げる。見下ろす視線とと目が合った気配がした。
いつもとは逆の見え方が新鮮で、森田はふ、と口を緩めた。

「今日はよくやった」

くしゃりと結んだままだった髪を乱しながら銀二が頭を撫でる。柔らかい手付きが心地よくて肩をすくめた。
上司としても恋人としても銀二に褒められることは素直に嬉しいことだ。

「ありがとうございます」

けれど口から出たのは抑揚のない謝礼だった。
普段からまるっきり感情を表に出すわけではない森田だが、褒められた時は年相応の反応を示す。なのに今の声に喜びは伺えなかった。

銀二の片膝がベッドに乗り上げる。顔が横から正面に向いた。

「今どんな気分だ?」

「今、ですか?」

脈絡のない会話だと思いながら思案して、銀二の存在に少しだけ和らいで、けれどまだ胸を大分占めるもやもやを口にした。

「一言でいえば、現実味がない、です」

身を焼くようなジリジリとした、生を強く感じる一夜を過ごしたあとだ。
今この瞬間が妙に気楽に思えて。まるで夢でも見ているようで。

「もしかしたら本当はまだ蔵前と博打してて、都合のいい夢でも見てるんじゃないかっ…」

言い掛けた言葉を飲み込んだ。止められた、の方が正しいのかもしれない。
頬を痛いくらいにむに、と掴んだ銀二によって。

「…いひゃいれす」

「なら今が現実だってわかったな?」

夢に痛みはねぇ。
にやりと笑う正面の銀二を見ながら、あまりの痛みにとりあえず放してほしいと思った。
何度も頷く森田に満足して手を放し、赤くなった頬に音を立てて口付けた。




End


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ