fkmt

□恋情
1ページ/1ページ


尊敬の憧れが違った意味をするようになったのがいつ頃か、はっきりはわからない。
気付いていたら変わっていた、というべきか。まるで恋愛漫画のような思考に自嘲の笑いが零れた。

俺が銀さんのマンションに居候として一緒に住むようになっても暫くは、銀さんは隙を見せようとはしなかった。
住んでいる所が一緒なのだ。それなりにプライベートな面は覗くし、今まで知らなかった一面も発見できた。
ただしあくまで仲間として見せる範囲で、平井銀二としてではなかった。
物事の核心は一切表に出さなくて無防備な姿は見せない。それがいつからか俺の前で眠りにつくようになって。
それに気付いた時、大声で叫びたくなった。公言してやりたくなった。
俺はこの人に信頼されているんだと。
いいようのない嬉しさが込みあげてきた。
我ながら単純な頭だと笑えてくるけど、それくらい俺は幸福だった。
今思えばあの時はもう既に惹かれていたのかもしれない。



「なに考えてる」

その声にはっとする。
上等な絨毯の敷かれた床と前に立っている銀さん、その先の重々しいドア。
今から取引なのだとようやく思い出す。

「おいおい、ボケっとするなよ?」
「すいません。もう大丈夫です」
「どうだかな」

からかうように言って銀さんの口が笑う。意地の悪い笑顔のはずなのに、どきりとした俺は、頭がめでたいのだろう。

「これが終わったらゆっくりしようぜ」
「じゃあ、帰ったらあんたを抱きたい。いい?」

一瞬目を丸くした銀さんに、珍しい表情を見れたと緩みかける顔を慌てて取り繕う。
好きな人の表情一つで気分が弾むなんて心底惚れてる証拠なのかもしれないと思った。

「楽しみにしてる」

これが取引の相手の用意した部屋でなかったら、俺は彼を押し倒していた。一言でこれだけ揺さぶられたことを銀さんは気づいていたかもしれない。
いますぐにでも抱きしめたい衝動を抑えて、感覚を確かめるように、しっかりと一歩踏みだした。




End


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ