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□愛情表現
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手入れもしてないのに綺麗な黒髪を数回撫でる。
穏やかな寝息を立てて、カイジさんは起きる気配がない。

首に絡まっている髪の束を避けて、片手に持っていた包丁をその首に突き立てる。
小さく振り上げて勢いを付けて振る。

スパリと斬れた首の傷から真っ赤な血が溢れだす。
カイジさんのあまり日に焼けてない白い肌によく映える赤が。

さすがのカイジさんも目を醒まして俺を見る。
深く切り裂いたから急激に青くなった顔で。

目は俺を見つめたままで動かない。
よく見るとその口は弧を描いて笑っていた。

責め立てるようなものではなく、優しく落ち着かせるような顔で。
震える手は俺の頭を撫でる。


「…大丈夫、だから…」


耳をすまさなければ聞き取れない声なのに、物音一つ聞こえないこの空間ではよく聞こえる。

声を出すだけでも一苦労なくせになにが大丈夫だ。


「…カイジさん」


名前を呼べば困ったように笑って「なんだ?」と答えたり。

最後の力を振り絞って俺を罵倒すればいいのに。
まだ身体が動くなら、包丁を奪い取って俺に突き刺せばいいのに。

俺の頭を撫でる手とは逆の手に包丁を渡しても、握るどころか嫌がるように放り投げる。


「…俺が憎くないの?」


たった今自分を殺そうとする俺が。

見つめるとカイジさんは静かに頷く。
そして荒い呼吸をしながら言葉を発する。


「…だって、お前は…はぁ…利益のためじゃ……っ、ないんだ…ろ…?」


本当にこの人は…。
まだ俺を信用している。
信じようのないこの状況で。

カイジさんの頭を抱き締めて耳元に口を寄せる。


「…好きだよ。カイジさん…」


囁くと一瞬目を見開いて驚いた表情をした後、嬉しそうに目を細めて


全身から力が抜けた。


ぽたりと花が墜ちるときのように呆気なく、俺の頭を撫でていた手が床に落ちる。

まだ首からは血が流れていた。

胸に残る喪失感。
カイジさんが死んだ。
俺が殺した。

俺が俺であるために。


さよならカイジさん。
愛してるよ。

真っ赤な血に透明な涙が混ざったことは、この際見なかったことにしよう。



【End】



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