<雨 弐>







 雨が降ってきたのを、職員室で説教を聞いている最中に見て、驚いた。

「ひどい雨ですねぇ」

 ぽつりと聞こえてきた声にそうですねと心のなかで言葉を返した。

 豪雨。バケツを引っ繰り返したような雨だった。オレを説教していた先生も言葉を止めて、立ち上がり窓の近くに寄った。

「……ヤバイなぁ、今日は娘の誕生日なのに」

 その言葉で、ああこの人も人間なんだと感じさせられた。

「沢田。今日は帰す」

「はい」

「来週来い」

「分かりました」

 頷いて、お辞儀をして職員室から出た。

 どうせこの雨のなかでは傘を差しても無駄だろうと思いながら廊下から自分の教室の窓を見上げて……立ち止まった。

 よく見知った顔が空を見上げていた。よく見知った顔が、歪んで見えるのは窓を伝う雨のせいだけではないだろう。

 彼は、雨という言葉が一番似合わぬ人だった。だけど、雨だなぁと感じさせられる部分が増えた。

 雨は、大空の涙だ。だから、必要ない。そう寝言で言っていた親友に息が止まった。

 彼は、いつか自分の元から去るだろう。なんとなく予想していたことが現実になる日がいつか来る。それは数年後かもしれない、今この時かもしれない。

 不安が大きくなり、慌てて自分の教室へ向かって走った。

 
 雨がなかったら、大空ではない。何一つ欠落することなくいなければ、大空ではなくなる。

 大空ではなくても……。オレには、山本がいなければいけないのに。

 許さない。オレの傍から去ることは、絶対に許さない。


「やまもと」

 口の中で呟いて、走るのをやめた。

 数メートル先にいる親友の後姿を見て、深呼吸を1つして教室に入った。



「山本、傘忘れたの?」


END





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