摩天屋6号邸
□序章 魔導師の訪れる店
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世間には、あまり知られていない魔術。それを扱う魔導師は、国際組織『WGF』に管理されている。それは、魔導師が術で犯罪を侵した際の責任をとらせるために。だから、魔導師登録で魔導師リストに載っていない魔導師は、違法魔導師として処罰される。そのため、魔導師は皆、魔術に目覚めたらすぐに一番近くにある、術を上手く扱う為の道具を売っていたり、魔術指導をしてくれる“お店”で魔導師登録をするのである。
その店は、世界にたった12ヶ所しかないとても珍しいものである。
ここ日本では、その珍しい店が二軒存在する。
そして、その二軒ある内のひとつの店の店主は――――――
「唯月ィー。客だー」
店主である唯月は、客が来たと言う声に促されて、ソファーから腰を浮かし、部屋の扉を開く。
「いらっしゃい」
そして、特に感情を込める訳でもなく、接客用語を使う。
今回の客は…まだ小学生低学年であろう子供だ。ちなみに、唯月は16歳の高1だ。
「あのっ、魔導師登録をしに来ました」
小学生特有の声変わりをしていない甲高い声で言われ、唯月は少し眉をしかめる。
そんな顔をしていると、先ほど客が来たと知らせてくれた長い黒髪の青年が言う。
「ガキが怯えてんぞ」
唯月はそんな彼を手招く。何か耳打ちをした。青年は頷くと、店の奥へと消えていく。
「あの…」
しばらく放置されていた、客である少年は、唯月に声を掛ける。
そんな少年に唯月は微笑みかける。
「それじゃ、登録始めようか」
そう言うと、唯月は魔導師についてや魔術についての知識などを簡単に述べる。
魔導師とは、魔術と呼ばれる怪なる術を、己の意思で発動できる者のことである。
その魔術の発動方法は、人それぞれで、地に魔方陣と呼ばれる陣を描くか、呪文を呟く、魔具を使って発動するものなど様々だ。
だが、威力は違っていて、呪文を唱え発動する魔術と、面倒だが、魔方陣を用いて発動する魔術とでは、規模が違う。
そして、魔具を使うことにより、発動後の術を操作したり、威力を高めたりと色々な違いがある。
魔導師たちは、それぞれ自分にあった発動方法や場合に応じて発動方法を使い分けている。
「まぁ簡単にはこんなところだけど。君、本当に魔導師になりたいの?」
唯月の質問に少年は首を傾げる。
なぜ、唯月はそのようなことを問うてくるのか分からないのだろう。
なぜなら、少年はまだそれらの怪現象に疎く、また、魔術発動に伴うリスクや魔導師同士の争いを全く知らないからである。
「魔導師になることはとても危険だ。それでもなりたいと言うなら僕は止めない。だが君が平穏に暮らしたいなら、僕が君の魔力を封印してあげる。そうすれば君は魔導師の世界とは全く関係なしに生きれる」
さぁどうすると問うと、少年は俯いて考え始める。
その様子をなかなかに楽しみながら眺めているのは店に置かれた商品たち。
もし少年が魔導師になるなら将来、ここの魔具たちは使われることになるだろう。
自分の主になるかもしれない少年をただ見つめる商品。
全ての商品に意思があるのではないが、流石魔導師が使う魔具。主を選ぶ曰く付きのものが多い。
しばらく悩んでいた少年が顔を上げた。
やっと思考の海から抜け出せたのだろう。
「決まった?」
唯月が微笑みながらに問う。
少年はそんな唯月を真っ直ぐ見つめると「はい」と簡素な返事をした。
「ボクは魔導師になります!」
そう言った少年にそっかと言った後、なぜ魔導師になりたいの?と問う。
そうしたら少年は微笑みながら言った。
――魔術でみんなをしあわせにするんだ!
唯月は一瞬だけ瞳を見開き驚くが、すぐににっこりと微笑む。
みんなが君みたいに思って魔導師になってくれればいいのにね。
「準備が出来た」
そう言って、店の奥から出てきたのは、先ほどの青年ではなく、むしろ対照的な短い、と言っても肩につく程度の白髪の青年だった。
だが、夜闇に浮かぶ月を思わせる宝石を嵌め込んだような金色の瞳は同じだった。
唯月は少年をその彼に預け、店に置いてある商品を眺める。
あの子供には、どれが合うだろうか…
唯月は目に留まった杖を手に取った。
「これ、かな」
登録の儀式を終えて、店の奥からふたりの青年を伴い出てきた少年に先ほどの杖を手渡す。
「これで比較的安全に魔術を発動できるからね」
少年は店から去った。
ありがとうと言う言葉を残して。
「――またのお越しを…」
魔導師の訪れる店 <完>