愛造物語

第1章 ひとりの少女
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暗闇…




でなければ、








絶望――――…


























とある街の路地裏にひとつの影が蠢いた。

その影は小柄な人間の形をしていた。

それはどうやらさっきまで寝ていた様子だった。

(――今日も…真っ黒…)

いや、真っ暗の間違いだ…。

だって今は夜なのだから、そんなことは当たり前なのだ。

(…寒い―――…)

影はそう思い、自分を抱くようにしてうずくまる。

今の季節は春で暖かくなり始めているものの、夜はまだ冬のように寒い。

影に夜風があたる。
影には寒くても温め合い、寄り添う相手がいない。

影はまた、月明かりに照らされた一つしかない影を見て眠りにつく。





その一つしかない影は…自分の物――――…








 



ここは煉瓦造りの綺麗な街。

表通りにはお店がいっぱい出ていて、人の影が多すぎて陽の当たった場所がないくらい大勢の人間で賑わっている。

路地裏に在った人型の影はゆらゆらと歩き、街の表通りにでる。

そこから出てきた影は何と、長すぎる黒髪をぼさぼさに乱し、ボロボロの服を着ている小柄な少女だった。

小柄というゆり、かなり痩せていてげっそりとしている。

少女が表通りに出てきた途端、歩くのも大変なくらい混み合っていたこの大通りに、人の窪みが汚い少女を避けるようにしてできた。

少女に陽の光が当たる。

それは目でもわかる。

何故なら、半円に陽の当たった煉瓦の道にぽつりと少女一人の影ができていたからだ。

少女は影を見つめる。

ひとつは自分の影だとわかる自分の輪郭が出た自分と同じ動きをする影。

もうひとつは、自分と同じ人間の影なはずなのに何の影だか分からない凸凹して、蠢いている沢山の人間の影。

誰が誰の影かが全く判らないその影は見ている間ずっと同じに見えるけど、実は影を作り出している人間は、数秒毎に変わっている。変わっているはずなのにいつまでも凸凹していて、蠢いている様子は変わらない。

 


少女は何も考えられないくらい幼くはない。

だから、自分がどうして避けられているかも解る。

自分は汚いからと思い、言い聞かせる。

だから、あえて通行人に近づこうと思わないし、睨み付けようなどと無意味なこともしようと思わない。

特にこの辺の人は知っている。

少女が毎日ゴミ袋をあさって、残飯を得ていることを。

それを知っていてわざとまだ食べられるご飯やパンを埃などと混ぜてぐちゃぐちゃにしてゴミ袋に入れる人もいる。

だからといって、ゴミ袋をあさるのをやめようと思わない。

何故ならゴミをあさることで、ここ何年も生きてこられたから。

少し前…いや、数年前に死んでしまった兄が言っていた。



『――――生きていればきっといつかは幸せに…』



兄はそう言っていたが、今思うと、兄はその『いつか』に出会えずに逝ってしまった。

妹である少女は、妹だからといって兄と同じ考えを持っているとは限らない。

事実、少女はその『いつか』を……兄の言葉を信用していない。

少女の頭にあるのは、ただ生き続けること……。

でも、生き続けることが目的なら、その先に何を望む?






 


少女は自分でも自覚していないが、少女はやはり期待している――――兄と同じ事を…。







少女が影を見ていると、急に自分の影を変形した。
それは最早、人の形ではなくなってしまった。
その理由は、少女の影が何かの影と重なったからである。

少女は空を見上げる。
別に、空を見たかった訳ではない。だが、上を向くことで、自分と重なった影の正体を見ることが出来るから空を見た。

だが、逆光というものか、重なった影の正体が人間だとはわかったが、何者なのかは全くわからない。

少女は瞳を細めて、一生懸命に影の正体を暴こうとする。

だが、暗闇に住んでいた少女の瞳は、なかなか陽の光に慣れてはくれない。

だから影の源を見るのを諦めて、再びうつむく。

すると…


「無視は嬉しくないなぁ」


声がかかった。

だが、少女には自分に掛けられた声だとは気づかなかった。
なぜなら、少女は昔から兄以外に声を掛けられたことがなかったからだ。

まぁ、人とぶつかって文句を言われたことならあるが。



「ねぇ君、聞いてる?」

再度掛けられた声。

少女はやっと、自分に語りかけているのだと理解した。


 
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