愛造物語
□第2章 重なった影と繋いだ手
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孤独の影は重なった。
そうしたら、
影の形がいびつになって思わず笑った。
「アルム!早くおいで」
青年が少女、アルメイニ=シードを呼ぶ。
青年、サグン=ソウバとはつい先日に出会ったばかりで、まだ完全には信用できずにいた。
だから、買い物をするために町を歩いていても、無意識的に距離を作ってしまう。
だが街は毎日込み合っていて、少し離れると、どんどん距離が広がる。
「もう!アルム、迷子になるぞ。」
アルムとはアルメイニの愛称である。
出会ったその日にサグンが決めた。
そのサグンは人混みをかき分け、アルメイニに手を差し出す。
アルメイニがしばらくその手を見つめていると、焦れたように「ほら」と手を繋ぐことを促してくる。
まあ、嫌ではないので、アルメイニは仕方なく手を握る。
ただ、手を繋いだだけなのにサグンは微笑んだ。
それが、なぜか嬉しかった。
昔、辛い生活の中でも手を繋いで一緒に笑いあった兄を思い出しす。
「………お兄ちゃん…」
その呟きに気がついて、サグンはアルメイニを少し拗ねたように見ながら言う。
「う〜ん、ボク的には兄でもいいんだけど…一応お父さんだからね?」
そう。天涯孤独だった少女は今は、サグンの養子として生きることになった。
もう何年も着ていて、色も変わりボロボロになった服は、新しく勝手もらった白いワンピースになり、手入れをすることなく伸ばされたせいでボサボサだった髪も、綺麗に手入れしてもらって艶を取り戻した。
感謝はしている。
だけど、サグンの年齢が年齢なだけに、父と思うのは無理がある。
そんなこんなで、不安気な顔をしていると心配をしてくれたのか、サグンは眉を情けないほど下げて問いかけてくる。
ちょっと申し訳ない。
「やっぱり嫌かな?ボクなんかが父親なんて」
別に嫌じゃない。だから素直に首を振った。
そうしただけで、サグンはみるみる元気を取り戻す。
「そっか!よかった」
本当に、 …よかった
その呟きはアルメイニには聞こえなかった。
無事に買い物も終え、ふたりは帰宅した。
だがアルメイニにはまだ、そこが自分の家だとは思えなくて落ち着かない。部屋の中でうろうろとするわけではないが、縮こまっているのは確かだ。
そんな時に、優しい笑い声がする。
「アルム、そんなに畏縮しなくても…」
なおも笑い続けるサグン。
アルメイニは少し恥ずかしくなって顔を赤らめた。それを隠すために、抱いていた己の膝に顔を埋める。
だが、サグンはアルメイニの耳が赤いことに気づき、優しく微笑む。
「もうちょっとでご飯出来るからね。手を洗っておいで」
それに、無言で頷き答えると、アルメイニはとととと小走りで洗面所に向かった。
そんな後ろ姿を愛しく思いながら、サグンはディナーの最終段階――盛り付けに入る。
「よし!うまくできた」
ひとりでに満足していると、手を洗い終えたアルメイニが近寄ってくる。
サグンは頭を撫でてやり「できたよ」と教えてやる。
それに、やはり無言で答えるアルメイニだが、なかなか席に着こうとしない。
疑問に思って名前を呼ぶが、一向に動く気配をみせない。
怒らしただろうか…
そんな考えがサグンの頭を過る。
もしかしたら頭を撫でるとか、子供扱いしすぎたかもしれない。
だがそれは、アルメイニが口を開いたことで違ったとわかる。
「あの、あたし…お世話になってばっかで…」
そう言ったアルメイニをサグンは優しく抱きしめる。
要するに、アルメイニは何もせずに世話になっていることに、引目を感じているのだろう。
この子は…本当にいい子だ。
「いいんだよ。それはボクが望んだことだから…」
どこまでも優しい言葉にアルメイニの瞳は潤んでくる。
ご飯、冷めないうちに食べようか…
そう促されて、アルメイニは席に着く。
温かい。
胸もなぜだか暖かさが溢れてきた。
お兄ちゃん…
もしかしたら、あたし
お兄ちゃんの言ってた幸せに
出逢えたのかもしれない。
そばでは、サグンがあたたかい瞳で見守ってくれている。
あたしも、自分から幸せになる努力をしてみよう。
アルメイニはこの時から、少しずつ変わっていった。
重なった影と繋いだ手 <完>