愛造物語

第3章 穏やかな時の流れ
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あれから幾年たったのだろう。

幸せで安らかな日々はあっという間に過ぎていった。


「サグン!早くっ遅ーい」


人と人との間をするりとすり抜けて、少女は綺麗な黒髪をなびかせて走る。

「待って、早いよアルム」

その後を、青年は一生懸命に追いかけている。

今そのふたりが向かっているのは、少女、アルメイニの兄の墓である。


アルメイニはサグンに拾われてからすぐに、ちょくちょく抜け出すようになった。それを心配に思ったサグンは、彼女の後を追った。

そして、見たものは、ただの砂の山でできた彼女の兄の墓。

きっと、幼いながらにアルメイニは兄のためにお墓を作ったのだろう。

ご丁寧に花が添えてある。

その簡易な墓の前でアルメイニは瞳を閉じ、何かを祈っていた。

そんな姿が儚げに見えたサグンはつい声をかける。

それまで、全く気づいていなかったアルメイニは瞳を見開き、驚く。

「サグン、さん…」

「これは君のお兄さんのお墓かな?」

その問いに頷く。

よほど兄を大切に思っていたのだろう。
 
アルメイニは墓を守るようにサグンの前に立つ。

そんな少女の頭を一撫でして、横をすり抜ける。

そして、墓の前で、膝をつき、手を合わせる。

「妹さんのことはどうがボクに任せて下さい。ずっと大切に護っていきます」

誓いを込めた言葉に、アルメイニはただ、サグンを見つめることしかできなかった。

サグンがやっと顔を上げて、アルメイニを見てにっこりと笑って言う。

「お墓…ちゃんと作ろうか」

少女は涙を流して頷いた。














そして出来上がった墓は、石造りで十字型の一般的なものだったが、その場所は街や海が一望できる、とてもいい場所であった。

墓参りには月に一度。

なんの仕事をしているか分からないが、サグンの仕事がない日。














「着いたー」

風が気持ちいい。

アルメイニは腕を広げ、深呼吸をした。

そして、遅れて着いたサグンの腕を引っ張って墓の前で指を組み、祈る。

「お兄ちゃん、この月も楽しかったよ!」



お兄ちゃんが言ってた幸せは、まだ続いてるよ。


そういえばね?
隣のおばさんが、夕御飯のお裾分けをしてくれるの。
 
とっても、美味しいんだよ!

あ、あと、最近買い物に出掛けると、八百屋のおじさんが偉いねって言って、奥さんが作ったクッキーやケーキをくれるの、

それから――――



アルメイニは、瞳を閉じて心で語る。その月にあったことを兄に報告する。

それをサグンは、ずっと見守ってくれて、時には自分も手を合わせて祈っている。



お兄ちゃん、見てる?



あたし、サグンのこと大好きになったよ。



お兄ちゃんももうちょっと長く生きてたらよかったのにね…




祈りを終えたアルメイニは、摘んできた花を墓に供える。兄の好きだった、白とオレンジの花を。

「帰ろっか!」

最後の祈りを終えて、アルメイニはサグンを振り返る。サグンが頷くのを見て、アルメイニは彼の腕を引っ張って家路に着く。

途中に、今日の夕食の買い物をしながら…


































「あれっ?」

アルメイニは、家の前に立っている人影に気付き足を止める。そしてサグンを仰ぎ見ると、その表情は、さっきまでの穏やかな笑顔はどこへやら、険しいものに変わっていた。
 
人影がこちらに気付いて近寄ってくる。

「お待ちしておりました」

目の前に来て、その人影が男だということが分かった。繋いでいた手に、力がこもる。

「…仕事、ですか?」

サグンが普段より数段低い声で男に訊ねる。それに男は無言で頷くと、一枚の紙を渡す。
不安そうにしているアルメイニの頭を一撫ですると、渡された紙に目を通す。

読み終えると、サグンはアルメイニの横から正面に回り、腰を屈めて目線を合わせる。

「ごめんアルム。今から急な仕事が入っちゃったんだ。悪いけど、先にご飯食べて寝ててくれるかな」

サグンが申し訳なさそうに言う。さっきまで、今日の夕食何にしようかと一緒に買い物をしていたので、共に食事がとれなくなったことに申し訳なくなったのだろう。
だが、アルメイニは笑顔でそれを見送る。

「わかった!いってらっしゃい」

自分は、サグンの収入で生活している。サグンが一体何の仕事をしているかは知らない。訊いても教えてくれないので、もう訊かないことにした。
だが、その仕事は不定期で、時々さっきみたいな男の人が迎えにくる。
そしてサグンは仕事に向かう。






 
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