忍人・長編

□義務と恋
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千尋は、皆が禍日神の意識を逸らしているうちに、そっと敵に接近している忍人をちらりと見た。
本当はしっかりと見たかったが、そうしてしまえば、禍日神に忍人の存在を知られてしまう。
とはいえ、忍人が配置に着かないと、作戦が始まらない。
千尋はそんな理由をつけながら、忍人を再び見た。
…さっきは分かったと言ってくれたけど、本当に大丈夫かしら。
あの刀の怪しげな力を使わないで欲しい。
その約束を違えないで欲しい。
忍人の事を信じているが、やはり不安が残る。
「…何を心配しているの?」
側にいた那岐が尋ねてきた。
「え?」
「さっきから、不安そうな顔してるからさ。特に葛城将軍を見ながら」
「…那岐はなんでもお見通しなんだね」
「千尋が単純なだけだよ。誰だってそんな顔をしていたら、不思議に思うだろ?」
「…そんなに顔に出て…いた?」
千尋がそろそろと尋ねると、那岐は深いため息で答えた。
「あからさまな位はっきりとね」
「…」
「まあ、この戦いに勝利するための最初で最後の作戦だから緊張するのは分かるけど、あまりそんな不安そうにしているなよ。ただでさえ千尋はその辺り器用じゃないんだし」
「…」
千尋はきっと那岐を睨んだ。
那岐はいつだって余計な事を言ってくれる。
「…ま、それくらいの余裕があれば問題ないか。千尋がいくら葛城将軍を…」
那岐は千尋の視線を無視するかのように言ったのだが、何故かそれを途中で止めてしまった。
「…那岐?」
一体何が言いたいのか、尋ねてみたが。
「何でもない。それよりも、準備が出来たみたいだ」
とはぐらかされてしまった。
もう少し立ち入りたかったが、那岐が答えてくれる訳がない。
それに、皆がそれぞれの位置に到着し、千尋の一矢をまっている状態なのは確かで。
千尋は話の続きを聞くのを諦めて、作戦に集中することにした。
「いくよ、那岐」
「…いつでもどーぞ」
千尋は矢に力を込め、ぐっと弓を引き絞った。
そして。
…これが最期だ!
皆の集中攻撃により、弱まってきた禍日神の急所らしき所を狙い、それを放った。
矢は金の輝きを帯び、薄暗い中を美しい線を描いて禍日神に向かった。
そして、狙った場所へとそれが突き刺さると、禍日神は奇怪な声を出し、悶え始めた。
そして、千尋の背後から、間髪入れずに那岐の術が放たれた。
それもまた、矢の苦しみから抜けられないままの禍日神にさらに追い撃ちをかけた。
そこへ忍人の剣の攻撃がかかる。
金をやや鈍くしたような、少し怪しげな色を纏うその剣を、千尋と那岐の攻撃で弱まった急所に突き刺すと、禍日神は更にもんどりうった。
「今だ!」
忍人がそう大声を出すと、アシュヴィンはニヤリと笑った。
そして、忍人が禍日神から離れた瞬間、アシュヴィンの雷が禍日神の体に突き刺さるかのように打たれたのだった。
『グ、グガガガガッ』
禍日神は、なんとも言えないまがまがしい声をあげながら、消滅したのだった。
そして、その場には、皇が意識を失い倒れていたのだった。
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