忍人・長編

□義務と恋
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1.最終決戦

明日、いよいよ橿原に入り、常世との最終決戦に入る。
総大将である千尋は、早く眠らなくてはいけないと、天鳥船の自室で眠りにつこうとした。
だけど、いざ目を閉じてみると、妙に冴えてしまって、眠る事が出来ない。
「これじゃダメだな」
千尋は布団から起き上がると、少し考えてから部屋を出た。


「少し運動すれば疲れて眠くなるかな?」
千尋はそう思って、船の中をぐるぐると散歩して回った。
船の中は、明日の決戦に備えて最後の準備に取り掛かる者、今までの疲れを取る為に休息を取るもの、友と最後の語らいとばかりに、酒宴を開いている者など、様々であった。
ただそんな人々も、千尋の姿をみると、急に居住まいをただしてかしこまってしまう。
それを見ると、せっかくの寛ぎの時間を自分が壊してしまったようで、千尋は申し訳なく思ってしまう。
「…どこか一人になれそうな所はないかしら」
千尋は迷いながら、結局堅庭に出る事にしたのだった。


堅庭に出てみると、流石にこな時間にここまで来る人は少ないようで、千尋はほっと息をついた。
こちらに戻ってきた時には、二の姫だという事すら信じてもらえなかったのに。
今では中つ国の新しい王として傅かれている。
皆にそうされる事が全く悪いとはいえないが、あの頃と今の自分と、一体どこが違うのか。
敬愛される事により、段々皆との距離を感じてしまう。
…変わらないのは、いつも側にいてくれる風早や那岐達くらいなものだろうか。
柊や布都彦は始めからああいう敬愛(?)の態度だったから、変わらないといえば変わらないが。
ただ、皆との距離が、千尋に寂寥感を与える。
千尋は小さなため息をついた。
…本当に、このままでいいのだろうか。
そんな事をつらつらと考えているうちに、庭の端のほうまで来てしまった。
そして、そこにすらりとした人の影を見つけた。
一体誰だろう?と、目をこらしてみる。
「…忍人さん?」
千尋は少し目を丸くした。
そこには、なにやら難しい顔をして前を見つめる忍人の姿があった。
…千尋は少し忍人が苦手だった。
彼の旧知である風早はいい人だというし、しょっちゅう喧嘩をしている柊も、ただの堅物だと笑うのだが。
いつも眉間に皺を寄せ、「君はうかつすぎる」だの、「もっと大将としての自覚を持て」だの言われてしまうからだろうか。
…いや、それだけなら、口の悪い那岐にだって散々「賢くない」だのなんだのと言われているのだ。
多分、それだけではない何かがあって、千尋は忍人を苦手と考えているのだろう。
それが何かは千尋も分からないが。
そして、こうして一人でふらふら散歩している所を見られてしまっては、また厭味の一つや二つを言われてしまうかもしれない。
千尋はそう判断すると、忍人に気付かれないように、そこから離れる事にした。
だが、忍人が側に来た人間の気配に気付かない訳がなく。
「そこにいるのは誰だ?」
千尋がくるりと後ろを向いた瞬間、忍人のそんな鋭い声が飛んできたのだった。
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