忍人・長編

□義務と恋
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「父上!」
アシュヴィンは皇に駆け寄った。
そして、その様子を確認し、ほっと息をついた。
「まだ息がある…」
「よかった」
千尋もそれを見て、ほっとした。
仕方ない事とはいえ、アシュヴィンに親殺しの罪を負わせたくはなかったのだ。
だが、禍日神がその身から離れた事で、体はかなり衰弱している。
「…おそらくそう長くはないでしょうが…」
柊がほんの少し眉を潜めながら言った。
「…何とかならないの?」
「…こればかりは…」
柊の答えに、千尋は胸を痛めた。
だが、アシュヴィンはそんな千尋の頭をくしゃりと撫でた。
「最期に父上は父上らしく逝ける。それを見届けられるんだから、かまわないさ。それより手助け感謝する」
「こちらこそ、色々助けてもらったわ」
千尋はアシュヴィンに手を差し延べた。
「お互い、今度は新しい国作りで大変だけど、かんばりましょう」
「ああ、そうだな。今度はどちらがいい国を作るか競い合いだな」
二人は握手を交わしながら微笑んだ。
そんな様子を、忍人は複雑な気持ちで眺めていた。
為政者としての二人の間には、共通する何かがあって、自分はその中に入る事ができない。
…何故そんな事を考えてしまうのか。
忍人は自分の心を読み取る事ができずにいた。
そして、そんな複雑な気持ちを追い払いたくて、わざと千尋達の間を無理矢理割り込むように言った。
「二の姫、そろそろもどらないか?…あちらも早くしないと…」
「あ、そうね。じゃあ、アシュヴィン、頑張って」
「お前もな」
アシュヴィンはそい言いながら、ちらりと忍人に視線を送った。
その瞳の光は、忍人に何かを告げているように見えたが、忍人にはその意味がよく分からなかった。
…アシュヴィンは一体何を言いたいんだ?
「それじゃあ行きましょうか」
風早のその言葉に答えるように、中つ国へと戻る道すがらも、その事を考えていたが、…結局分からず仕舞いになってしまったのだった。

そして。

「…さあ、新しい国を作っていきましょう。忍人さん、これからも宜しくお願いします」
千尋は中つ国の宮殿に戻ると、忍人に向かって言った。
「ああ、こちらこそ」
忍人もそれに頷いて答えた。
…今は余計な事を考えている暇はない。千尋の為に、中つ国のために、今、為すべき事を為さねばならない。
忍人は今まで考えていた事を心の片隅に追いやり、新しい国作りに着手することにした。

……こうして、長い間暗い支配をされていた時代が終わり、新たな時代が幕を開けたのだった。
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