忍人・長編

□義務と恋
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「あ、あの…」
千尋はその声にびくりと反応した。
その迫力にいすくんでしまったのだ。
だが、声をかけた忍人は、そこにいた人物を見て、目を丸くしていた。
「…二の姫?」
「は、はいっ」
「一体何をしているんだ?」
「え、ええと…散歩?」
えへへ、と笑ってごまかすかのように千尋は答えた。
そうでないと、忍人とまともに答えがいえそうになかったのだ。
案の定、千尋の答えに、忍人は眉を吊り上げた。
「君は明日がどんな日なのか、分かっているのか!」
「ご、ごめんなさいっ」
千尋は更に縮こまってしまう。
あの狗奴の隊を纏めているだけあって、忍人の迫力は凄まじいものがあるのだ。
千尋がおどおどしていると、忍人は深くため息をついた。
「…そんなに緊張しなくていい。…ただ自覚をしてくれないか?君に何かあれば、ここまで命をかけてきた皆の努力が無駄になるんだ」
きゅうにトーンダウンした忍人の口調に、千尋はそっと目を開けた。
すると、そこには何か困ったような表情をしていた忍人がいたのだ。
「…はい、すいません」
千尋がそう答えると、忍人はほっと息をついたのだった。
「しかし散歩とは一体どうしたんだ?」
忍人は今度は穏やかな口調で尋ねてきた。
千尋はほんの少しほっとしながら、答えた。
「明日の事を考えたら緊張しちゃって、眠れなくなっちゃって…」
「そうか…それはすまなかった」
「え?」
忍人が急に謝ってきたので、千尋はほんのすこし目を丸くした。
「明日が大事な日だというのに、緊張しない訳ないな。それを頭ごなしに叱ってしまった。だから…すまない」
「い、いえ。私もうかつでした。いくら味方ばかりの船の中とはいえ、ひとりでふらふらしてたのは確かだし…」
千尋がそう答えると、忍人はふ、と笑った。
「…一人で出かけるのは君の得意とするところだったな」
確か、忍人と初めて会った時も、一人で水浴びがしたいと、人目を忍んで出掛けた時だった。
…その時を思い出すと、火を吹き出しそうになる位、恥ずかしくなるが。
「だから、うかつに君を一人にした俺達もまずかったな」
散々な事を言われ、さすがに千尋もむっとしてしまう。
「あのー、私ってそんなに危なっかしいですか?」
那岐にもよく言われているのだ。千尋はあまり賢くもないのに、考えなしで行動する、と。
それを否定してもらいたくて、忍人に尋ねてみたのだが、返ってきたのは、千尋の望むものではなかった。
「そうだな、君はどんな行動とるかわからないな」
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