忍人・長編

□義務と恋
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「ひどいっ」
千尋は思わずむくれてしまった。
確かに自分でもそうなのかな?とか思う事がある。
だけど、そこまではっきり言わなくても。
千尋は恨みがましく忍人を睨んだ。
すると。
「はははっ」
忍人がいきなり笑い出したのだ。
「…そ、そこまで笑わなくても…」
千尋は戸惑ってしまう。
そんなに忍人さんが笑うくらい、おかしな顔をしていたかしら?
千尋は忍人の様子を見てみる。
まだ笑いが止まらないらしく、クスクスと笑っている。
そして、ふと思った。
…私、こんなふうに笑う忍人さん、初めて見たかもしれない。
初めて会った時から気難しい顔ばかり見ていたような気がする。
たまに笑顔もあったが、…皮肉げに、というか感情の篭っていないというか、本気で笑っていないというか、そんな感じのばかりだった。
だから、こんな風に楽しそうに笑う姿は初めてだ。
…笑うと少し幼い感じになるんだ…。
千尋は意外な発見もしてしまい、思わずまじまじと忍人を見てしまった。
すると、そんな千尋に気付いた忍人が不思議そうに尋ねてきた。
「…なんだ?俺の顔に何かついているか?」
「…いえ。あの…忍人さんのそんな笑顔初めて見たな、って…」
「…そうか?」
「はい。初めて会ったときから、忍人さんって言えば、眉間に皺って感じだったから」
千尋は思わず素直に言ってしまった。
普段ならそんな事言わないのに、今日はするりと出てきてしまう。
すると、忍人はいつもの眉間に皺、な表情を見せた。
「…君も人の事言えないんじゃないのか?」
「す、すいませんっ」
やっぱり忍人さんは忍人さんだ。
千尋は少し解れた緊張をさらに張り詰めもどしてしまう。
だが。
「…まあ、確かにそうかもしれないな」
忍人が呟くように言った。
「足往にも言われる。『いつもそんな恐い顔をしていたら、誤解されますよ』と。…君もそうなのか?」
少し不安げにそう尋ねてくる忍人に、はい、とは素直に言えず、千尋は焦りながら首を横に振った。
「そ、そんな事、ない、です」
しどろもどろに答えてしまったが、否定された事のほうが大事だったようで、忍人はほっと息をついた。
「そうか…」
「…忍人さんも、人の目が気になるんですか?」
千尋は忍人の意外な反応にびっくりした。
忍人は自分がどう思われているのか、なんて気にしないタイプのように見えたからだ。
すると、また忍人は意外な表情を見せて、千尋を驚かせた。
「…何故だろうな、他の連中はともかく、君にだけには誤解されたくはない、…と思う」
そう言いながら、少しだけ照れ臭そうな表情をみせたのだった。
「…え?」
「あ、いや…その…なんでもない」
自分の言った事で、千尋が目を丸くしているのに気付いた忍人は慌ててくるりと千尋から背を向けてしまった。
「…明日か…」
そして、話を逸らすかのように、呟いたのだった。
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