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□天使
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「探偵、こんな所で何してるんだよ! 」
自販機の前のソファーに座り、弥子は笹塚を待っていた。
「石垣さん! 笹塚さんに呼ばれてるんですよ、調書作るからって」
石垣は納得したように頷いて、それからニヤニヤと弥子に近づく。
「先輩ならそこの部屋ですっげー美人と話し込んでたぜ! 」

「え」

調書のためとはいえ、笹塚に会える喜びを隠しきれずにいた弥子の耳に、石垣の言葉が響く。

なんだどうしたんだ探偵? 黙り込んだ弥子を不思議そうに眺める石垣を無視して、弥子は部屋の中を覗く。
視界の隅に笹塚と親しげに話し、笑みをこぼす大人の女性。そしてさりげなく柔らかい表情の笹塚。

弥子の胸がチクリと痛んだ。

「なっ! すんごい美人だろ! 」

石垣の声に笹塚が気がつき近づいてくる。
「弥子ちゃん、来てたのか」
声かけてくれれば良かったのに。そう言う笹塚の顔はいつもの無表情に戻っていた。
先程まで笹塚と話していた女性も近づいてきて、弥子の顔をじっと見つめる。

洗練された大人の顔。
今の自分には無いもの。

「あ、あの…なんですか? 」

先程の光景と親しげな二人の表情が脳裏に浮かび、少し泣きそうになりながら女性を見つめた。

『この人には、笑ってたのに…』
艶やかな、優美な女性の笑顔。
悔しくて、悲しくて、不安になる

「笹塚君が柔らかい表情するようになったと思ったら」

笹塚君と呼ぶ女性、学生時代の友人だろうか…それとも、友人以上の存在だろうか

女性の香水の甘い香りが、鼻孔を掠めた。

「こんなに可愛い天使がいるのね」


「……はい? 」


ゆっくりと顔を上げ、ぽかんと女性を見つめる。
女性は笹塚の肩をポンと叩き、なかなかやるじゃないと笑う。
笹塚は困ったような顔をして、笑っていた。

「あ、あの…えっと」
言葉が続かずに笹塚と女性を交互に見る。

「学生時代の友達」
笹塚は女性をそう紹介する。柔らかい、細やかだけれども優しい微笑みをその顔に浮かべて。
そんな笹塚を見て、女性はおかしそうに笑う。
「笹塚君、前はこんなに柔らかい表情しなかったのよ」

「はぁ」

そして弥子の耳に顔を近づけごくごく小さな声で囁く。


あなたの力ね
私には無理だったの


「じゃあ私、もう行くわ。またね」

「あぁ」
女性はにこりと笑い、笹塚の肩をポンと叩いて部屋を出ていった。
ドアが閉まるのを確認して笹塚が弥子に振り返る。
「弥子ちゃん、待たせて悪か 「付き合ってたんですね? 」

何もなかったかのような笹塚の耳元に弥子は唇を寄せた。
笹塚は一瞬困ったように笑い、んと一言肯定する。

「きれいな人ですね」
目を逸らして、少しだけ毒を含ませて。

「弥子ちゃん…ヤキモチやいてる? 」
笹塚は面白い物でも見るように苦笑し呟く。

「……悪いですか? 」
満面の笑みを称えて
ごくごく小さな声で

「大丈夫、今は弥子ちゃん一筋だから」
似合わない臭いセリフを真顔で言うものだから笑ってしまう。
不安もいつの間にかぬぐい去られる。

「後でお昼ご飯奢って下さいね」
「了解」

ふふっと笑って、笹塚を下から見上げる。
すると笹塚も、また細やかな柔らかい微笑みをこぼす。



『天使…ねぇ』

そうかもしれない


笹塚がそんな事を考えて密かに笑ったのを、弥子は知るよしもない。
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