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□酔いの告白
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「どういう事ですか? 」
「……」
ふくれ面の弥子に対して、返す言葉が見つからない。
誤解とはいえ、今度ばかりは全て自分が悪い。
笹塚は黙って天井を見上げ、ただ言葉を探した。
酔いの告白
事の起こりは数時間前に遡る。
仕事が山を越え、仲間と呑みに行った笹塚。
何かを忘れているとも思ったが、疲れきってぼんやりした頭では思考が回らない。
ここまではまだ良かった。しかし弥子を怒らせたのはこの後の行動。すっかり酔いが回った等々力を家まで送るが、不運な事に部屋の鍵が見当たらない。
笹塚は仕方がなく自分の部屋に入れたのだった。
玄関のドアが閉まった瞬間、等々力は笹塚の胸に倒れ込んだ。
「笹塚せんぱーい」
「………ん」
「気持ち悪いです〜」
「………ん」
しなだれかかる等々力を引き離そうとするが、なかなか離れてくれない。仕方がなくそのまま玄関に座り、煙草をふかす。
『どうするかな…』
このまま、という訳にもいかない。働かない頭をフル稼働して、ひとまず等々力を抱えて立ち上がりソファーに寝かせた。
「笹塚せんぱい〜」
「……ん」
「大好きです」
「…………ん、て、は? 」
等々力は酔いの回った赤い涙ぐんだ目で笹塚を見上げる。
「大好きです〜」
「いや……」
盛大な溜め息をつき、額に手をやる。
そしてその時、寝室のドアが開き………ふくれ面の弥子と向き合う今に至ったのだ。
「忘れてましたよね? 私との約束」
「……ん」
「待ってたんですよ? 」
久しぶりに会えると思って、学校終わって速攻ここに来て
嬉しくて嬉しくてバカみたいにドキドキしながら、ご飯作って、お風呂にお湯ためて……まだかなまだかなってソワソワしながら
「ずーっと待ってたんですよ? 」
「う……悪い」
「ここまでは、1000歩譲って許します」
「ん、ありが「でも!」
貼り付けたような笑みを浮かべて、弥子は続ける。
「酔いが回った後輩を家に上げたのは、どういう事ですか? 」
「それは、鍵「言い訳なんて聞きたくないです」
「……」
疚しい事は何もない。しかし弥子が怒るのは当たり前で、笹塚は言葉につまる。
「どういう事ですか? 」
「……」
等々力はソファーの上で、安らかに寝息をたてている。
「悪い」
弥子は目を逸らして、謝る笹塚を無視する。
「良かったですね〜」
「……は? 」
いきなりの当て付けに笹塚は戸惑う。
「先輩大好きですって…思いっきり告白じゃないですか」
段々と声が小さくなるのは妬いている証拠。
目元が時折潤むのは、不安にさせた証拠。
「ん……ごめん」
弥子の横に移動し、抱きしめる。
体が小刻みに揺れるのは、泣いている証拠。
「ごめんな」
「等々力さんが相手じゃ…私負けちゃいます」
震える声
「……弥子ちゃん? 」
胸の中で震える少女に、愛しさが込み上げる。
「分かってないな」
「…はい? 」
俺は、こんなにも弥子ちゃんしか見えないのに
「……じゃあ何で忘れたんですか」
「………だから悪い……ってぇ」
ぼふんと頭を叩かれ、胸の中に収まる弥子を見ると悪戯をした子供のように弥子は笑っていた。
「分かってますよーだ」
スクッと立ち上がると弥子は寝室に消え、毛布を抱えて戻ってくると等々力にかけてやる。そして再び笹塚の胸の中に収まる。
笹塚さんが疲れきって頭働かない事も、酔いが回って家に帰れない人の面倒を見ちゃうような優しい人だって事も、そういう人を部屋に上げたからって襲わない事も
「全部、分かってます」
ただ、悔しかったんです。
だって等々力さんが笹塚さんにべったりだから……おまけに愛の告白までしちゃいますし!
「いや…酔ってただけだろ」
笹塚はポリポリと頬をかきながら言う。
「そうですか? でも笹塚さん、ちょっとドキッとしてませんでした? 」
少しだけからかうように弥子が笹塚を睨む。
笹塚は溜め息を一つつき、ポケットから煙草とライターを取り出すと紫煙を吐き出す。
「気のせい」
「え〜」
怒っていたはずの弥子はいつの間にか機嫌を直し甘えてきた。
翌朝目覚めた等々力は、寄り添い眠る笹塚と弥子を見て目をまるくし、眠りから覚めた笹塚はばつが悪そうに苦笑いをした。
「笹塚先輩」
「ん? 」
「桂木探偵と先輩の事は…その、秘密にします」
「ん」
だから昨日私が言った事も内緒にして下さい
「お世話になりました! 」
再び目をまるくする笹塚を背に等々力は玄関に迎い部屋を出ていった。
「……まじで? 」
唖然とする笹塚の服の裾を、いつの間にか起きていた弥子が引っ張る。
ほら、酔ってたせいなんかじゃないでしょ?
「おはようございます」
にこりと笑い、笹塚の頬にキスをした。