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□同一視
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「弥子ちゃん」

笹塚さんはいつも
無表情で
無口で
だから誤解されやすいけど
肝心な事は言葉にしてくれる
笹塚さんは優しい
笹塚さんはいい人
笹塚さんは裏切らない

笹塚さんは…


「弥子ちゃん」

ほら、こんなに優しく名前を呼んでくれる。

「笹塚さん」

思い悩んだ後に声を出したら、裏返った変な声。

きっと今、すごく変な顔をしてるんだろうな。

笹塚さんの事、大好きなのに

「…弥子ちゃん」

笹塚さんは小さく手招きをして、微笑む。

ほら、こんなに優しく微笑んでくれる。

笹塚さんの温かい腕の中に、勢いよく飛び込む。
それは出かけた涙を見せないためでもあるし、ただそうしただけでもあって、気恥ずかしさに顔が熱くなる。

「何悩んでんの」
耳元で響く低い声は、すごく落ち着く。
「…笹塚さんの事、好きです」
クスッと笑う気配がして、すぐに声が降ってくる。
「ん、知ってる」
笹塚さんの胸から顔を離して、色素の薄い目を見つめる。
「大好きなんです」
「それも知ってる」
どうしたのと笹塚さんは笑いながら、私の頭を撫でる。

好きなのに
大好きなのに
時々襲う、底の見えない不安


「笹塚さんは、ずっと笹塚さんですよね?」


確認するように、祈るように、声を紡ぐ。

「俺は俺だけど…なんで? 」

笹塚さんの指が、髪を優しく鋤く。

「笹塚さんは……竹田刑事みたいに…」

笹塚さんが、息を飲むのが空気で分かった。
声が詰まる。きっと自分は酷い事を口にしている。
笹塚さんの顔なんて見れないけれど、きっと今、すごく困った顔をしているんだよね。

「私を裏切らないですよね? 」

体が震えて、嗚咽が漏れる。

笹塚さんはいつも
無表情で
無口で
だから誤解されやすいけど
肝心な事は言葉にしてくれる
笹塚さんは優しい
笹塚さんはいい人
笹塚さんは裏切らない

笹塚さんは…

長い長い沈黙が続いて、聞こえたのは笹塚さんのため息。

怒ってる…よね
笹塚さんを信用しきれない私を
それとも、呆れてますか?
こんな子供な私を

「弥子ちゃん」

顔、上げて

優しい声に、びっくりしてしまって

「……はい」

ゆっくりと顔を上げれば、その顔は微笑みをたたえていて。

「大丈夫…裏切らない。同じ刑事だけどな、俺は竹田さんとは違うから」

強い力で抱きしめられれば、ますます溢れる涙。

「ごめんなさい」

「ん、謝らないで」
笹塚さんは優しく髪を鋤いて、頭のてっぺんにキスを落とす。

「大丈夫」と呟きながら

笹塚さんはいつも
無表情で
無口で
だから誤解されやすいけど
肝心な事は言葉にしてくれる
笹塚さんは優しい
笹塚さんはいい人
笹塚さんは裏切らない

笹塚さんは…

裏切らない

笹塚さんは刑事だけど

笹塚さんは、笹塚さん

ゆっくりと深呼吸をして、そう言い聞かせた。



笹弥子付き合い始めくらい?
やっぱり最初は疑っちゃうよねっていうお話でした…。
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