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□暴走
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朝の目覚めが最悪に悪かったり
飲んでいたコーヒーを溢したり
サイフと携帯を忘れて取りに戻ったり
等々力と石垣の口論が煩かったり
道が渋滞していたり
暑かったり
駆けつけた現場で、石垣が馴れ馴れしく弥子ちゃんと談笑していたり
「石垣さんってば! 」
なんて弥子ちゃんの声が聞こえてきたり
そしてあの助手とか名乗る男が当たり前だというように弥子ちゃんに触れていたり
「ネウロ! もうやめってば…! 」
弥子ちゃんが自分以外の人間の名前を呼ぶ。
朝からどうもテンションが上がらないせいか、何もかもに腹が立つ。
大人げないとは思った。
しかし、頭が分かっても心が分からないという事は別に珍しい事でもない。
弥子を連れて自身の部屋に入りドアを閉めたその瞬間、心は暴走し、電気を点ける隙もなく笹塚は弥子をきつく抱き締めていた。

「ちょっ…! 笹塚さん?! 」
暗闇の中、弥子の首筋に唇を落とし乱暴に吸い上げた。
「…っ」
弥子の息づかいが耳に響き、心の暴走を加速させる。
「笹塚さん! …も、やめて下さっ…」
可愛らしい羞恥を含んだ声。
笹塚は無言で、ただただ抱き締めて、ひたすらに強く弥子の首筋や鎖骨を吸い上げる。
「…笹塚さん!! 」

笹塚さん

笹塚さん

笹塚さん

弥子の悲痛な叫び声が部屋に耳に響く。
それでも心の暴走は止まらない

笹塚さん

笹塚さん

笹塚さん

それは段々と弱くなり、そして小さい子供をなだめるような、あやすような、そんな優しい響きに変化していった。

弥子の腕が自身の背に回され、その手のひらは優しく背を撫でる。
笹塚はゆっくりと心を鎮め、弥子の胸に顔を埋める。

「……笹塚さん」

また、弥子の優しい声がした。

そうだ、この声を
この言葉を聞きたかった
自分だけを呼んで欲しかった


───最悪だ


勢いに任せて、もう少しで無理矢理に弥子を汚す所だった。

どうしたことか、目の奥が熱く痛かった。
口の中で薄い塩の味がしたが、それが汗なのかそれとも別の物なのか分からなかった。

小刻みに震える笹塚を、弥子はしばらく母親のように抱き締めていた。



電気を点けて部屋のソファーに腰を下ろす。
「…ごめんな」
弥子の首筋は赤く染まっていた。
痛かっただろうなと頭の隅で考えた。
弥子は笑って笹塚に水を差し出した。そんな弥子を、笹塚は愛しく思った。窓に月が映っていた。0時を回っていた。夜は長かった。

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