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□第172話補完
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第172話補完…
つまり柚木が勝手に想像した裏話的な物です。ネタバレを含む上、かなり柚木の勝手な妄想を含みます。
まだジャンプを読んでいない方、展開を邪魔されたくない方はご遠慮下さい。
娘の長い髪が、黄金色の風に靡いた。
振り向いて、微笑む。
あぁ、
鈍い勘が働いた
娘は―…
『お父さん…! 』
娘が、刹那が、言葉を発する
透き通った、幸福な声で
夏の匂い
娘の死に顔は、穏やかだった。
早くに妻を失い、娘までも失った。
悲しかった。そして、虚しかった。
「親よりも先に逝くとは…馬鹿者が」
涙は出なかった。
換わりに滲み出たのは、憎しみ。
青白い娘の顔が棺桶の蓋に隠される。霊柩車のエンジンが響く。火葬場の扉が開く。係員の黙祷の声。重い重い、無への扉が閉まる。その扉が再び開く時、娘はもういない。
立ち上る煙が次第に細くなり、見えなくなった。
人も、少なくなった。
それでも尚立ち竦む男を眺める内に、思い出した。
黄金色の風に靡く長い髪
振り向いた微笑み
紡がれたその言葉
『お父さん…! 』
「どうした、刹那」
『私ね……』
「どうした? 」
近づいてきて、耳元で囁かれた言葉を思い出す。
『…好きな人がいるの』
微笑んだ娘の、幸福な顔
立ち竦む男が振り返った
その、生気の抜けた顔
それが彼の壊されたプライドのせいだけではないのだと、すぐに分かった。
「春川先生」
男の陰気な目が、一瞬動いた。
そして何も言わずに、通りすぎた。
壊れてしまった
娘も、娘の愛した男も、
壊れてしまった
「春川先生」
もう一度呼び掛けた
「君は…娘を…刹那を…好きだったか? 」
男の足が止まる。振り向く。
「彼女は私にとって、必要不可欠だった」
ぼそぼそと溢したのは、恐らくもう二度と聞けないであろう彼の本音。
憎しみが、一瞬だけ消えた。
あぁ、娘は幸せだったのだ。たとえそれが短い細やかな幸せだったとしても、あの時の娘はあんなに幸せそうに微笑んでいたではないか。
見えなくなった男の背中に小さく呟いた。
「ありがとう、春川先生」
娘を、愛してくれて
娘を、幸せにしてくれて
そうしてすぐに
再び憎しみが顔を出す
娘を壊された
娘を愛した男をも壊された
許さない。殺してやろう。
いつか、この手で。
「おじさん? 」
波の音が響いた。
「ん、どうした」
「刹那さんって、いい人だったでしょ? 」
あぁ、その通り
「出来すぎた娘だったわい」
そして、誰よりも
幸せだった
柔らかい、潮風が吹き抜けた。