時雨さんより
……………………………
突然、雨が降ってきた。
天気予報でも予想できなかったそれに、オレは傘を用意できていたわけがなくて。近くのカフェに入ろうと水谷を引っ張る。その直前で、水谷が突然「あっ!」と大きな声をだした。オレは思わずビクつき、それが少し情けなくてひっぱっていた腕を放して、キッと睨んだ。
「……なんだよ」
「オレ、傘持ってるんだった!」
そう云って水谷は鞄から折りたたみ傘を出す。それはなんだか随分と可愛くて、水色のギンガムチェックの生地と、先端の柄の部分にはカエルの顔がついている。どことなく水谷に似ていて、オレはぷっ、と思わず吹き出した。
「なに笑ってんのー?」
「いや、そのカエル」
「あぁ。これ、お姉ちゃんに貰ったんだよねっ」
「そうじゃなくてさ、水谷に似てる」
「えー?」
全然似てないよ、と水谷も笑った。
「つーか、なんで傘持ってんだよ」
「オレいつも持ち歩いてるもん」
「へぇ」
意外と云えば意外だけれど、水谷らしいと云えば水谷らしい。
すると水谷はその折りたたみ傘をいそいそと開いてオレのほうに向きなおした。
「帰ろ、阿部」
「えっ」
「ほら、入って!」
今度はオレが引っ張られるようにして、無理矢理その傘の中に引き寄せられた。オレが左側で水谷が右側。それは並んで歩くときの定位置になっている。オレは水谷が右側にいないと落ち着かないのだ。
そのまま、雨で濡れる街を歩き出す。けれど、折りたたみ傘はオレたちふたりが入るには小さすぎた。
「傘、小さくねぇ?」
「じゃあ、もっと寄ればいいじゃん」
「はぁっ?」
「照れない、照れないっ」
水谷に引き寄せられ、ぴったりとくっつく肩。すごく近い。水谷はオレのほうを向いてへへっ、と少し嬉しそうに笑った。オレは反射的に目を逸らす。
こういうとき、たった2pだけどオレのほうが背が高かったらって思う。せめて背だけでも勝ってたらって。
水谷にはいつも敵わない。こういう公衆の面前でも肩寄せちゃうところとか。
「ね、こうすれば濡れないでしょ?」
歩きながら水谷が云った。けど、オレはすぐに気付く。水谷の、オレにくっついてないほうの肩が、つまり右肩が。それが小さな傘からはみ出て、雨に濡れて服の色が変わっている。
けれど、そんなことは云ってやらない。守られているみたいでムカつくんだけど。それ以上にこいつの思いやりとか、そういうのが嬉しかった。
「オレんち行こ。そのほうが近いよ」
「そうだな」
他愛の無い話をしながら笑い合う。水谷はどうだか知らないけど、オレはこういう時間が一番好きだ。どんなに毎日顔を見て、いろいろな話をしたって、その話題は尽きない。勿論、飽きることだって無い。そのくらいオレは水谷に惚れてるんだと思う。水谷もそうだったらいいな、と思う。
街は雨に濡れてキラキラしていた。
水谷の家につく頃には、もう雨は殆ど止んでいた。
「あがってー」
「お邪魔します」
「はい、タオル!」
靴を脱いで、そのまま水谷の部屋へと上がった。タオルを貰っても、オレは殆ど濡れていないので使う必要はあまりない。しかし水谷は身体の右半分がびしょびしょだ。オレはベットに寝転がると水谷にタオルを投げた。が、投げ返された。
「お前のほうが濡れてんだろ」
「いいのいいの!あとで着替えるから」
そう云うと傘を干すためか、水谷はベランダへ出る。
刹那、大きな奇声が上がる。「あっ!」とか「うわっ!」とかじゃなくて、「うひょー!」とかそんな感じ。口では説明できないような変な声だ。
「阿部!見て!」
「なんだよ」
「早く!あーべー!」
仕方なく体を起こしてベランダへと出る。
「う、わ」
曇り空の夕暮れに架かったその七色は、雨が通った軌跡。
それは、びっくりするほど綺麗で。
ふたりで何も云わず、最後まで眺める。
やがて消えていくそれは儚くて、まるでオレ達の関係みたいだと思った。
「阿部。今、何考えた?」
「え?……いや、別に」
そう答えると突然、右手が冷たいものに包まれた。水谷の手だ。濡れたままでベランダに長い間出ていたから冷えてしまったのだろう。オレはその手を握り返す。水谷はいつものように笑って云った。
「ずっといっしょにいれるといいね」
「……そうだな」
それは、脆く、儚く。
けれど想いは永遠に。
fin.
……………………………
時雨さんからミズアベ小説をいただきました!(@゚▽゚@)
水谷ってさり気ないやさしさをもってるやつですよね!しかも当たり前のようにやるんですよ!押し付けがましくないっ!Σ( ̄□ ̄;)
そしてあべもそれに甘えてどんどん水谷にめろめろになっていけばいいですよね!(@゚▽゚@)
素敵なミズアベ小説ありがとうございましたぁ!
20080813