愛の巣
□火傷
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とある地下街。
その中の一店舗――鉄板焼を主に扱うファミレスでゼロスは働いていた。
彼女は27歳、一人の6歳の息子が居た。
旦那とは子供が保育園に入る前に離婚している。
養育費が掛かるため社員として長く働きたいが、肉親親戚など居ないに近いので夕方から夜まで子供の面倒を見てくれる頼る人物がいない。
ゼロスは大切な子供との時間を優先してパートと貯金で崖っぷちながらも生計を立てていた。
「いらっしゃいませ〜」
今はランチタイム。
近場で働いてるサラリーマンなど達が安いランチメニューを目当てに続々と訪れる。
地下街というのも有り、平日となると満席になる事もあるのだ。
ゼロスは汗を流しながらホールの仕事に励んでいた。
14時ぐらいになると、客も減り大学生や休憩が遅れた社会人が両手で足りる程しか来店しない。
「味噌ツー五番卓さんにお願いします。」
キッチンからの渡し口から味噌汁二杯出される。
ゼロスは「はーい」と返事をして味噌汁を片手に一杯ずつ持つ。
五番卓はキッチンから近い。
注意力も無しに歩いている時だった。
ツルっ…
バシャーン!!!
「アッツ――――!!」
お客様の空いたグラスにお冷やを注いだ時に溢したのだろうか…
濡れていた床に見事に滑り転びはしなかったものの身体のバランスを崩して持っていた熱い味噌汁を両手に溢してしまった。
ゼロスの悲鳴がホールの隅々まで響く。
客が一斉に箸を止めたゼロスに視線を向けた。
他の従業員が駆け付けてきた。
「早く手を冷やして来なさい」と言われたので、制服のエプロンで汚れた手を拭いながらキッチンへ向かおうとした時「すみま〜ん」と声が掛かる。
―――お前…さっき俺が火傷負ったの知ってんだろ。
だが、相手は客。
早くこの痛々しく真っ赤になった手を冷やしたい気持ちで一杯だったが笑顔でお客様の元へと向かう。
そこには食事を終えて20代前半ぐらいの青年。
癖なのか、それとも仕立てているのか重力に逆らい茶色の髪を立たせてスーツを着ている。
「お水下さい!」
カラになったコップを差し出され、ゼロスは熱くてたまらない両手を振りながら「少々お待ち下さいませ」と力まない様に言葉を残した。
カウンターの近くにある水が入った透明のポットを持ち再び客の元へと戻った。
段々はだか火が当てられている様な痛さに手が震えるも、空になったコップに水を注ぐ。
ゼロスは脂汗をかいているのでは無いかと、痛さに耐えながら一礼をしてそそくさとキッチンへ戻り冷水で手を冷やした。
冷やすまでに時間が掛ったからか、中々痛さが引かない。
逆に増すばかりだった。
早退したい気持ちで一杯だったが今はホールは自分ともう一人しかいない。
自分が帰ると店が回らなくなる事が見えている。
キッチンの人が心配して声を掛けてくる中、ゼロスはただ笑みを向ける事しか出来なかった。
「ちょっとお客様!!!」
ホールに居た店員の声が響いた。
振り返るとソコには先程、お冷やを注いで上げた客がいた。
片手には薬局の袋を持ちゼロスに差し出していた。
ゼロスは、一度冷やしていた手を前に出し、差し出された袋と相手の笑みを浮かべた顔を交互に見を配らせる。
「さっき薬買って来たんだ。俺さ…医療器具を病院に提供してる仕事だから、一応効きそうな薬選んで来たから使ってくれ。」
―コイツわざわざ店に戻って来たのか。
彼の言葉を聞いてゼロスは思った。
予想もしていなかった展開に感動に浸る事も無く、事務的に頭を働かせた。
キッチンのホールや他の客も首を伸ばして見てくる。
好意を無駄にしたくない、それに火傷の薬なんか持ち帰っても意味無いだろう。
「少々お待ち下さい!只今財布を「いいから!!!!」
ゼロスは言葉を並べながら、事務所へと寄ろうとしたら薬を持っていない片手で腕を掴まれる。
「じゃ!俺は行くな!この店中々美味しかったぜ!」
「わわっ…」
彼は無理矢理ゼロスのエプロンのポケットに袋を突っ込めた。
礼を言う暇も無く、彼は軽く頭を下げて店から去って行った。
結局、仕事は早退させて頂く事になりゼロスは更衣室で着替えていた。
エプロンを外す時だった。
そういえば薬を貰ったのだ…ポケットから袋を取り出す。
忘れていた訳では無い、意識しないようにしていただけだ。
袋を開けたら火傷の薬が入っている。
他には何も入っていない。
普通異性に渡すとなったら、アドレスを入れたりするのでは無いのか?
ゼロスはこの店で働いてから良く男性客にアドレスを渡される事が頻繁にあった。