Novel
□「一心同体」
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「やっぱり来てくれたんやね、日番谷はん。まあ、例の一件があるし乱菊もおるからなあ。来てくれる思っとったよ」
市丸はいつもの貼り付いた笑顔をしながら言った。
「……俺はお前を…殺す」
「物騒やわあ。でもしゃあないか。僕らは裏切者やし?」
怒りを爆発させる。
許せなかった。尸魂界を、護廷隊を、松本を……俺を、裏切った市丸の事が。
氷輪丸を抜き、刃を市丸に向ける。
地を蹴り、市丸との間合いを詰める。
市丸が斬魄刀、神鎗を抜いた。
ぶつかり合う、刃。
始解じゃ市丸に敵わない…そう俺にはわかっていたから、俺は急激に霊圧を高めた。
「卍解、大紅蓮氷丸!!」
「いきなり卍解かあ。怖い怖い。どうやら本気みたいやね。じゃあ僕も本気でいかせてもらいますわ…射殺せ、神鎗」
市丸の始解。
本気じゃねえじゃねえか。卍解、出来るくせに…。
そう思った。
神鎗が伸びてくる。横に素早く跳んでかわす。攻撃を仕掛ける。神鎗は伸びた状態だ。無防備な今の状態なら……。
「甘いで、日番谷はん…」
「何!?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。其が市丸に鳩尾を蹴られた衝撃によるものだと気付くにはそう時間はかからなかった。
「かはっ……」
しまった。市丸が言うように甘かった。油断、していた。苦しい。其でも立ち上がらなければ殺られる。
市丸は斬魄刀の解放こそ本気じゃないが、俺を敵として本気で殺そうとしている事ははっきりわかった。
……嫌、だと思った。
あんなにも俺の事愛してるだの好きだの煩い位言っていた市丸なのに。
俺も其を信じていたのに。
だけど、裏切られた。
藍染に斬られたあの時、藍染の後ろであの貼り付いた笑顔で俺を嘲笑うかのようにして見つめていた市丸を俺は信じられなかった。
市丸からの斬撃をくらう。
肩口を、腕を、頬を斬られ、血が流れる。かわすので精一杯だった。
「攻撃、せえへんの?
せえへんなら僕は殺せんし、日番谷はん、死ぬで?」
ニタリと市丸は笑った。
わかってる、でも動かない。
刀傷は増え続ける。
市丸はほとんど無傷なのに俺だけ血塗れになって。純白の羽織が紅に染まって行く。市丸の純白の服も俺の血で紅が付いた。
「終いや」
市丸は一言言うと俺を蹴り飛ばした。俺は後方へ大きく吹き飛ばされた。
「ちょーっとは強うなっとるかなて期待しとったけど、なんやあん時と変わりまへんなあ。がっかりやわ」
そう言いながら、ゆっくりと俺が吹き飛ばされた場所迄市丸は歩いてきた。
その時、唐突に理解した。
俺には市丸を殺せない。力が弱いとかそういうんじゃなくて……市丸の事、今も好きだから。信じてるから……。
裏切られたのに。
其でも市丸には市丸なりの何か考えがあるんだって、市丸は裏切って無いんだって思ってしまう浅ましい自分がいる。
俺を裏切る筈が無いと……。
心の奥でずっと諦めきれず、信じていた。
覚悟が足りなかった。なんて弱くて甘いんだろう。いつからかな、こんなにも弱くなったのは。
市丸が俺を押し倒して、その上で四つん這いになる。
見下ろされる。殺意の目で。
市丸が裏切る前は優しく紅蓮の瞳で見下ろしてくれていたのに。
そして抱き締めてくれたのに。
こんな時にあの頃の夜を思い出すなんてあんまりだけど、思い出さずにはおれなかった。
「い、ち…ま…る……」
掠れた声しか出なかった。
「何?命乞い?まさかな。
プライド高い日番谷はんはそないな事せえへんもんな」
市丸は口端を更につり上げて笑った。
「ちが…う、俺、お前に…殺さ、れるなら…いいって思うんだ…っ、好き、だから…」
本当にそう思った。
「へえ…珍しいなあ、日番谷はんから好きなんて言うてくれるの。どうせならあの頃言うてほしかったなあ、今僕は君を殺さなアカンのやから。決意、揺らぐやろ」
嘘吐き。
俺を殺したくてたまらないくせに。
「さいなら、日番谷はん」
市丸が神鎗を振り下ろした。
「さよなら、ギン……」
涙が、頬を伝った。
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