小説

□約束
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『ボクが大人になったらお嫁さんになって?絶対、幸せにしてあげるから』


そう言って無邪気に笑った少年は覚えているだろうか?
























約束
















夢から覚めた藍染はふと己が副官だった頃、部下だった少年に言われた事を思い出した。

何故、そんな昔の事を思いだしたのか?

それはきっと今、見ていた夢のせいなのだと藍染は思い自身を納得させた。

藍染が見ていた夢は、少年に自分の妻になって欲しいと言われた時のものだった。

そう言った少年は逞しく成長し、今や隊を担う隊長にまでなった。

「もう…あの子は覚えてないだろうね」

藍染は、静かに呟くと自分に苦笑した。

それは、あの言葉を心の何処かで信じて待っている、自分がいるからだった。

何故、子供の戯言を信じているのか?

その答えなど、考えるよりも簡単な事だった。

『愛してる』

只それだけの事なのだ。

だが、藍染はその想いを伝えるような事はしなかった。

それは、成長した彼の周りには絶えることなく美しく可憐な少女達がいた。

その少女達と自分をどうしても比べてしまう。

意味のない事だと分かっていても比べずにはいられなかった。

その度、自分がどれほど女として足りない物があるか思い知らされた。

そして、藍染は彼を想う事をやめたのだ。

届くはずのない想いだから。

「……色々と思い出し過ぎたかな」

そう呟くと藍染は、五番隊の羽織りを両肩にかけ、夜風にあたるため部屋を出た。

















誰もが眠る静寂な夜。

美しい月が夜空を照らし、藍染を照らしていた。

月明かりの下に吹く夜風は、先程まで思い出していた事を全て連れ去ってくれるような気が藍染にはした。

けれど、その気もすぐに消えてしまった。

近付いて来る彼の気配で。

「あれ?藍染さんやないですか」

「ギンッ…」

市丸に声をかけられた藍染は、胸が高鳴り今すぐにでも、この場から逃げ出してしまいたいような衝動にかられた。

それは先程まで、思い出していた全てが市丸の事だったからだ。

そして、あの言葉を言ったのも幼き頃の市丸だった。

名前を呼んでから、黙ったままの藍染に市丸は話し掛けた。

「どないしはったんです?こないな夜中に」

「眠れなくてね…」

「そうですか」

「君は、どうしたんだい?」

「僕ですか?見ての通りさっきまで仕事やって終わった帰りですよ」

それを聞いた藍染は「そう…お疲れ様」と市丸に告げ、市丸は「おおきに」と薄く微笑んだ。

「藍染さん」

「なんだい?」

「久しぶりに会った事やし、良かったら一緒に歩きませんか?ボクもちょっとそこら辺を歩いてから帰ろう思ってますねん」

藍染は、誘いを断ろうとしたが理由もないのに断るのは不自然だと考え、市丸の誘いに乗った。

それから、二人は何気ない会話をし歩いていた。

「こないして二人で歩くの本間に久しぶりですね」

「そうだね…歩かなくなって何年くらいになるかな?」

「ボクが隊長になった時からやから三、四十年くらいとちゃいますか?」

「そうか、そんなになるんだね」

市丸の言葉を聞き藍染は時間(とき)の流れの早さを感じた。

そして、隣を歩く市丸を見詰めると瞳(め)が合ってしまい藍染は瞳を逸らした。

「どないしはったんですか?」

「何でもないよ…」

「そうですか…せや藍染さんは恋人とか出来はりましたか?」

市丸が、問い掛けてきた言葉に藍染は震えを抑えた小さな声で「いないよ」と短く返した。

「へぇ、意外ですね…藍染さん程の別嬪さんやったら恋人は絶対おるもんやと思ってましたわ」

「そんなはずないだろう…君はどうなんだい?」

「ボクですか?残念ながらおりませんよ」

藍染は、市丸の意外な返答に驚いた。

「何故だ?君の周りには綺麗な女の子が沢山いるだろう?」

「綺麗?あの女等が?」

「そうだよ」

「あんなん醜いだけや」

「どうして?」

「ボクの前ではええ娘ぶるけど、ボクがおらんかったら陰湿な事ばっかりやったとる……本間に醜く過ぎて笑えるわ」

藍染は、冷たく言い放つ市丸に何も言えずにいると、市丸が立ち止まり夜空を照らす月を見詰め話し出した。

「それにボク心に決めてる女(ひと)おるから、あの娘等なんか瞳に入ってへんよ…ボクの瞳にうつてんのはずっと一人だけや」

その言葉を聞いた瞬間、藍染の時間(とき)が止まった。

『心に決めてる女』

そればかりが思考を廻る。

何か言わなければ、そう思えば思うほど言葉が消えていく、どうすれば良いのか分からず、ただ立ち尽くすばかりだった。

そして数分の沈黙が二人の間に流れた。

けれど、藍染にはそれが何時間にも感じられるものであり、その沈黙を破いたのは市丸だった。

「藍染さん…」

「……」

「その女、誰か分かる?」
市丸は、見詰めながら藍染に問い掛けた。

だが藍染は、誰だか分からず首を横に振った。

そんな藍染を見て、市丸は苦笑し藍染に近付いた。

「忘れてしもたん?」

「何をだい?」

藍染は、市丸の言っている意味が分からずにいると、市丸は仕方がないといった表情で藍染の手を取り口を開いた。













「ボクが大人になったらお嫁さんになって?絶対、幸せにしてあげるから」











その言葉を聞き藍染は、涙が出そうになった。

覚えているはずがないと思っていたから。

そんな昔の事など、きっと忘れ去っていると何度も自分に言い聞かせた。

けれど、彼は覚えていてくれた。

あの日の言葉を。

「覚えて…いたのかいっ?」

「当たり前やろ」

そう言うと、藍染の頬に触れた。

「藍染さんは?」

「忘れるはすがないだろ…」

「良かった」

その言葉を聞き、市丸は安堵の表情を浮かべた。

「昔の事やから忘れてるって思ってましたわ」

「こっちの台詞だよ」

「なんで?」

「君は子供だったからね…だから大人になって過去の事など覚えてないって思っていた」

そう話す藍染に、市丸は「ひどいわ」と軽く苦笑した。

「それやったらボクも一緒やで、藍染さんにはボクが知らん恋人がおるんやとずっと思ってましたもん…でもおらんって藍染さんから聞いた瞬間めっちゃ嬉しかった」

「ギン…」

嬉しそうに話す、市丸を見て藍染も嬉しい気持ちになり自然と笑みが浮かんできた。

市丸は、そんな藍染を見詰め真剣な表情で藍染に言った。

「今から言う事ちゃんと聞いてな?」

「うん」




















「藍染惣右介さんボクと結婚して下さいませんか?」


















この瞬間、藍染は瞳から涙を零し満面の笑みを浮かべながら大きく頷き言った。












「はい…喜んでっ」















その言葉を聞き、市丸は藍染を抱きしめた。

「ギン」

「アカン…嬉し過ぎて言葉になれへん」

「僕もだよ」

「藍染さん…」

「なん…」

名を呼ばれた、藍染は返事をしようとしたが市丸の唇が己の唇と重なり声を出す事が出来なかった。

「んっ……はぁっ」

「可愛い」

「っ…!」

藍染は、市丸の言葉に頬を紅く染めた。

そんな藍染に、市丸は愛おしさが込み上げ抱きしめる力を強くした。


「絶対、幸せにするから」

「うん」


















こうして二人は、遠い昔の約束を果たし、藍染の誕生日でもある五月二十九日に結婚した。

この日を強く希望したのは、市丸だった。

それは、世界中の誰よりも大切な女(ひと)が生まれてきてくれた日だから。

だからこそ、この日に最高の想い出を作りたかったのである。

五月二十九日に、藍染は苗字を『藍染』から『市丸』へと変えた。

夫婦になってからの休日の日には、腕を組み歩く幸せに満ちた、二人が頻繁に見られるようになった。



そして、二人が小さな子供と手を繋ぎ三人で歩く姿が、見られるのは少し先の話し。













 

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