ローさん
□重い思い
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「何だ、今日は大人しいな」
「え…」
二人分の体重に、ベッドのスプリングが鳴く。
「いつも手より口の方がよく動くだろう」
「……それは、すみません」
悲鳴も上げられなかった私を助けてくれたのは、様子を見に見張り台に上がって来たローさんだった。
結局私はまたローさんに迷惑をかけてしまったのだ。
罪悪感もあり今日のマッサージは念入りに、と頑張っていたが、集中出来るはずもない。
ローさんの戦う姿を初めて目の当たりにした。
美しく描かれるサークルと、軽やかに動くローさんに目を奪われ、同時に恐怖も生まれた。
大変な世界へ飛び込んでしまったと、改めて浅はかな自分を呪う。
それに加えて、戦えない自分の情けなさ。
海賊になりたいなんて、嘘でも言うんじゃなかった。
それらの思いは私の頭の中を駆け巡り、マッサージにも力が入らない。
それでも、私は、
「昼間のことか?」
「え…」
「おれたちにとっては日常的なことだ。気にするな」
そう言われたところで、気にしないなんて無理な話。それに、あのときのローさんの顔。まるで戦うことを楽しんでいるかのように、笑っていた。
「どうして、戦うんです、か…」
口に出した瞬間に後悔した。
生きるために戦うのだ。そんなこと考えなくても判るのに。
「…っ、すみません、」
「信念のためだ」
ローさんはいつものように俯せで、その顔は見えなかったけれど、さも当たり前だと言っているように感じた。
「信念?」
「…おれには、行くべき場所がある。やるべきことがある」
そのためには邪魔なものは排除しなくてはならない。
そう続けるローさんの背中はとても大きく、遠くに見える。
信念。
私は?
ローさんの道を阻んではいないか?
私にはもうここにいる資格なんてない。ここにいても何の役にも立たないし、むしろその逆だ。迷惑ばかりかけている。
でも、思うことは出来ても、口に出すのは困難だ。
簡単に私を自分の元へ招き入れたのだから、言えばきっと、また簡単に手放すんだろう。
ローさんにとって私はちっぽけな存在だ。
彼の歩んでいる道の途中にあった小さなただの石。
蹴飛ばせば道を外れて、もう見ることもない。
それでも、私はローさんの近くにいたい。
怖くても、役に立たなくても、ローさんの枷になっても。
私はずるい。
言わなくちゃいけない言葉を、胸の奥深くまで飲み込む。重たく内部を伝うそれは、私自身の思考をも鈍くした。
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