―――目覚めは最悪だった。





「おはよー、…大丈夫?顔色悪いよ?」

(…これで何度目か)

登校してきて早々の言葉に、スザクは内心嘆息し呟いた。
そんなに自分は体調が悪いように見えるのだろうか?朝から知り合いに会う度、挨拶代わりのようにこうした言葉を頂戴してしまう。

「大丈夫。ありがとう心配してくれて」

「ならいいけど、あまり無理しないでね」

念を押し気遣ってくれるシャーリィーに曖昧な笑顔を返し、スザクは教室の自身の席に座った。鞄から教科書類を取り出し机にしまいこもうとするが、途中億劫さを覚え手が止まる。
体調は悪くないと、思う。いつも通りの睡眠時間をとりいつも通りの時間に起床し朝食もとった。
ただ一つ、いつも通りじゃなかった事と言えば…。

「皆、席につけ。始めるぞぉー」

教室に入ってきた担任に思考は中断された。そんなに呆けていたつもりはなかったのだが時計はすでにHRの時刻に差し掛かっている。
スザクは手に持っていた教科書を慌てしまい込んだ。
軍の仕事は大事だが、それと同じぐらい学校の勉強も大事だ。ただでさえ遅れがちなのだからしっかり勉強しないと。
担任の出席をとる声を聞きながら、スザクは内心ひっそりと気合いを入れ直した。


授業を受け合間に遅れている部分のノートを借りて書き写し、あっという間に午前中が過ぎ去っていった。
途中ぼんやりして注意や心配もされる場面もあったが、それも微々たる事であまり気には止めなかった。

そして、昼休みも終わり後は午後の授業二時間を消化するばかりとなった。

「つ〜かさぁ〜、二時間まるっとクラス合同体育って、手抜きじゃね?」

「まあね」

だるそうな声に同意を示せば、だよな〜とこれまただるそうな返事が返ってきた。
目の前ではクラス対抗試合として、バスケットの試合が行われている。

「センセもやる気ないなら自習とかにしてくれりゃいいのに」

体育館の壁に寄りかかっている傍らのリヴァルはぶつぶつ文句を呟く。
しかし、リヴァルはそう言うものの、スザクが見た限りでは皆結構な盛り上がで楽しそうだ。
お祭り好きな校風ためか、皆こういう勝負事が好きなのだろう。

「相も変わらずこういう時ルルーシュは行方をくらませてるしよ〜。他人事だけどたまに本気でアイツ単位大丈夫かって心配になるよな」

試合終了のホイッスルが響き、次の試合に出るためリヴァルが名残惜しそうに壁から離れた。同じチームためスザクもそれに続く。

「まあ、こういう時は頼りにならないからなぁ〜、あいつ」

「あはは」

「頼りにしてるぜ、スザク」

何だかんだ言っても、やはりリヴァルも同じ学園の生徒。勝つ気満々のその態度にスザクは笑って頷いた。





「―――で、その結果が顔面でパスを受けた、と」

ベッド横のパイプ椅子に座るルルーシュが呆れ半分といった感で息を吐いた。
そのベッドに横たわっているスザクは身の置き所のなさに、小さくごめんとだけ呟いた。
スザクが意識を取り戻した時、そこは保健室のベッドの上だった。
一体自身に何が起きたのか解らず困惑するスザクに事の顛末を説明したのは、目覚めた直後何故かその傍らで読書をしていたルルーシュであった。
あいにく保険医は不在だったようで、その代わりにどこぞに雲隠れしていたはずの彼が自分が倒れた事を聞きつけ、わざわざ付き添いをかってでくれたらしい。

「全く、お前は変に気負いすぎる所があるからな」

微苦笑を口の端に浮かべ、ルルーシュがスザクの髪を撫でた。
その優しい感触にスザクはゆっくり目蓋を閉じる。

「幸い軽い脳震盪を起こしただけのようだから、もう少し横になってるといい」

その方が俺も授業もサボれて助かる、と彼にしては珍しく茶目っ気めいた物言いに、スザクの表情もつられ和かくなる。
せっかくなのでスザクはルルーシュの言葉に素直にしたがうことにした。
けれど眠る事はせず、暫くの間明るい室内でただ視界に映る天井を見つめ、傍らでルルーシュが捲るページの紙音に耳を傾けていた。何かしらの感情が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。そんな泡沫のような浮き沈みを何回か繰り返した後、

「…夢を見たんだ」

不意にスザクは口を開いた。
独り言のように唐突で小さなそれに、ルルーシュは追っていた活字から視線を上げるのが気配で解った。

「悲しい夢、だったと思う。目が覚めた時に悲しくて、息が詰まりそうだったから」

けれどスザクはルルーシュの方を向こうとはしなかった。
淡々とどこか自嘲めいた、そんな口調でモノローグを続ける。

「でもどんな夢だったのかは覚えていないんだ」

なのに悲しさだけは残って。そして、それが更に自身を苛立た。
そんな中途半端なものに左右される自身が許せなかった。

「本当に、駄目だなぁ…」

自分は。

悲しみと苛立ちのジレンマは思いの外精神を蝕み、心の弱さを露呈させる。
その結果が結局この状態で、更に今また自分は弱さをさらけ出している。
解っていてもそれでも止められない。自己嫌悪は募るばかりだ。
情けなさにスザクは両の腕で自身の顔を覆い隠した。

「別に駄目な事じゃないさ」

ルルーシュは開いたページしおりを挟みパタンと閉じた。

「ノンレム睡眠時に目覚めたなら、覚えていなくても不可抗力だ」

「え?」

返ってきた答えはスザクにとって全くの予想外のものだった。
肩透かしをくらった気分で思わず怪訝な声を上げてしまう。

「大体夢と呼ばれる一種の幻覚はレム睡眠時に起こるんだ。レム睡眠と言うのは簡単に言えば体は休んでいるが脳が起きている時と同様の働きをしている状態をさすのだが」

「へ、へえ〜…」

(そういう説明を求めていたわけじゃないんだけど…)

思ったがそんな事を言えるわけもなく。今スザクに出来る事と言えばルルーシュの解説を聞く事しかなかった。

「人間は就寝後起床までノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返す。ノンレム睡眠一時間半〜二時間おきにレム睡眠が二、三十分あり、それを交互に行っているんだ。人間の睡眠が平均六時間〜八時間と言われているから、一晩の睡眠で約四、五回レム睡眠が訪れると言う事になる。目が覚めた時夢の内容を覚えていると言うのは、レム睡眠時から起床した場合が多いんだ。ちなみにレム睡眠とノンレム睡眠の違いについてだが、脳波の違いもあるんだがレム睡眠時には急速眼球運動と言うものが行われていてそれが行われていていない状態をノンレム睡眠と―――」

その後、ルルーシュの睡眠における説明は更にやれパル睡眠だオルソ睡眠だニュートロンがどうのだと、専門用語が混じりより難解なものへと変化していった…。

その説明を最初の方こそ頑張って聞いていたスザクだったが、やがて思考回路はついていけなり最後には完全にブラックアウトしたのであった。





力尽き眠ってしまったその寝顔を見下ろし、ルルーシュはやれやれと肩をすくめた。
その後ろからシャーリィーとリヴァルが心配そうに様子を窺う。

「スザクくん、具合どう?」

「ああ、大丈夫。怪我も大したことないし、心配いらないよ」

ルルーシュの言葉にシャーリィーはホッと安堵の息を漏らした。
彼女はスザクが倒れたと知って授業の合間に様子を見に来たのだ。

「良かった〜。朝から何か体調悪かったみたいだし、倒れたって聞いて驚いちゃって」

「ほ〜んと、具合悪いなら早く言えばいいのにな」

「何いってるのリヴァルっ。元はと言えばアンタが無茶なパスを送ったんでしょ!!」

シャーリィーの迫力にリヴァルは誤魔化し笑いを浮かべ後退りを見せるが、リヴァルだって心配だからこそここに来ているのだ。
あまり責めるのは可哀想だ。

「シャーリィー、あまり騒ぐとスザクが」

「あ、ごめんね」

たしなめられシャーリィーは慌て口許に手を添えた。
それを見てルルーシュは微笑む。

「じゃあルルーシュ、私たち授業に戻るね。何かあったら連絡してね。ほら、リヴァル行くわよ」

「ああ」

お大事にと帰り際に言葉を残し、二人は保健室から出ていった。
束の間の慌ただしさが過ぎ去った室内に再び静けさが戻る。
ルルーシュは深呼吸を一つし、眠るスザクに目線を落とした。

(―――だから気負いすぎだと言うんだ)

いかにも辛そうです、と言わんばかりの眉間に寄るシワを指先でならしやる。
悲しい事にまで理由つけて理屈をつけて、自分自身をいたぶって何が救われると言うんだろう?
しかも解っても解らなくても、どのちみ自分を追い詰めるのだから質が悪い。

「ま、人の事は言えんが」

背負っているものの一端が酷似しているからこそ解る痛みもある。
シワが消え少しだけ穏やかになった寝顔に、ルルーシュは満足げに目を細めた。
欠片でも吐いてくれるだけマシだ。そうじゃないとこちらまで辛くなる。

「ぐだぐだ考えるより休め、馬鹿スザク」

そして、せめてこの眠りが安らかものであるように―――。
ベッドに投げ出されたスザクの手を取り、ルルーシュはそって握りしめた。









いや、今回は遠回しなフェイントかましでしたが、ルルーシュなら本気で真顔で解説してくれそうだなとw
睡眠は大事ですよ〜。慢性の不眠症になっちゃうと鬱になりますからね。
I LOVE 睡眠です(^-^)
なもんで、良く寝れるよう低反発マット購入したんですが、逆に体が慣れるまで時間がかかってしまいしばらく中々眠れませんでした( ̄▽ ̄;)

小説(シリアス編)

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ