昼下がりの食堂にて。
「熱っ、」
紙コップに入ったコーヒーを飲もうとして、スザクは僅かに顔をしかめた。
「大丈夫か?」
すぐ隣に座るルルーシュの心配そうな声に、スザクは笑って頷いた。
舌先が少しヒリついていたが、これくらいは日常茶飯事の範囲なので問題ない。
「自分が猫舌だって忘れてたよ」
「…普通忘れるか?」
ルルーシュは呆れた様子でスザクを見やってから、何故か待ってろと一言言い残し席を立ち、そして数分も経たないうちに戻ってきた。
「ほら」
差し出されたのは氷水の入ったグラス。
「……ありがとう」
「火傷はすぐに冷やせば治りが早いからな」
受け取ったグラスとルルーシュを交互に眺めるスザクの視線から逃げるように、ルルーシュは元の席についた。
どうして、解ったんだろう?
驚きの反面スザクは彼の気づかいを嬉しく思った。
「これくらいの熱さなら大丈夫かと思ったんだけどね」
有り難く氷のかけらを一つ口に含み、スザクは苦く笑う。
いつも熱いものは温くなるまで待ってから、口をつけるようにしていたのだが、冷まし足りなかったようだ。
「で、駄目だったと」
「…だね」
「昔から熱いのダメだっけ、お前?」
そう言われれば、違うような気もしなくはない。
自分の分のコーヒーをすするルルーシュを見つめながら、スザクは首を傾げる。
一体いつから自分は猫舌になったのか?
昔、幼い頃は普通に熱いお茶とかを飲めていた気がするし、自分が猫舌だと自覚したのはごく最近な気がする。
「……やはり、あの噂は本当なのだろうか?」
ルルーシュはそんなスザクの反応に何を思ったのか、眉間にシワを寄せぼそりと呟く。
「噂?」
「ああ」
神妙な顔でルルーシュは飲んでいたコーヒーをテーブルに置いた。
「よくペットは飼い主に似るって言うだろう?」
「言うね」
「それとは逆に、飼い主がペットに似る事もあるそうなんだが」
「まあ、あるかもしれないけど」
「だからスザク、お前の猫舌はアーサーに似た、…いやうつったんだ!」
「………」
いや、そんな事を大真面目な顔で言われても…。つか、微妙に表情が戦慄してるのは気のせい?
スザクは嫌な予感に冷や汗が流れるのを感じながらも、確認のため一応聞いてみる事にした。
「…ルルーシュ、噂って言ったよね。それ誰からの情報?」
「会長だが…」
絶対っ、眉唾だ!!
スザクは確信した。
そんなスザクの内心を察しがいいルルーシュが気づかないはずがない。けれどそれでも彼は退かなかった。
「俺だって最初から信じちゃいないさ。でも、今目の前で現にお前は猫舌じゃないかっ」
「じゃないかと言われても…」
戸惑うスザクを更にルルーシュが捲し立てる。
「そして考えてみろ、猫舌がうつるものだとしたら、人類は危機に立たされるんだぞ!?」
「…何故に?」
何か話が壮大になってるぞ、おい!!
スザクはらしくなく、内心突っ込みをいれる。
「恐らく、全世界の猫舌人口から考えて、これは密かに長年に渡って少しずつ広がっていってるんだ。そして、スザクのように気がつかないうちにゆっくりと進行していってるんだろう」
いつの間に猫舌人口何て調べたんだ?つか、勢いで言ったんだだよね?ね?
そう思ったが、尋ねてみて本当に知っていたら何となく自分が泣きそうだったので、あえてスザクは口には出さなかった。
「そして、そこでもし世界が氷河期に突入してみろっ。体は洋服等で体温を保持出来るかもしれんが、体内で凍傷になった際、熱いものが口に出来ないと言うだけで死に至るんだぞ!!」
「はあ」
すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけながら、スザクは諦めて曖昧な返事を返すに留めた。
全く、下手に頭の回転が良い人間をからかわないでほしいものだ。
今度会長にあったら言っておこう。
スザクはルルーシュの話を聞き流しつつ、心に決めた。
そこでふと時計に目が止まる。
「猫は出産時、一度にに5、6匹産むという。ということは―――」
「ほら、ルルーシュ落ち着いて」
猫舌対策として(?)猫の生態系の話題に及んでいるらしいルルーシュをスザクは彼の肩を揺らした。
「そろそろナナリーとの約束の時間だろ?」
「あ、ああ」
「僕も途中まで一緒に行くから」
最愛の妹の名を出され、ハッと我に返るシスコンぶりに、スザクは微苦笑を噛み殺す。
つまり、ここで2人でお茶をして時間を潰していたのである。
スザクはルルーシュに付き合っていただけなのだが、あまりのルルーシュのナナリーに対する顕著な態度に、ほんのちょっとだけ悪戯心が沸き上がった。
「ルルーシュ」
「ん?」
呼ばれ、空になった紙コップを片手に立ち上がったルルーシュが、振り返った。
そして―――


「!!」


「もし僕が猫舌で死にそうになっても、ルルーシュが何とかしてくれるよね?」
耳元で囁き、スザクは彼の持つ紙コップを抜き取った。それを自分の分と一緒にゴミ箱に捨て、固まるルルーシュを尻目に意気揚々とその場を後にしようとする。
「―――なっ、おまえっ!?」
後に残されたルルーシュが見る間に顔を真っ赤にし抗議しようとするが、咄嗟の事に上手く言葉が出ない。
「大丈夫だって、周りには見えないようにしたから」
「そういう問題じゃないだろ!!」
「そう?」
後から追い付いてきたルルーシュが、声を荒らげてそうだと肯定するのに対し、スザクは悪びれる様子もなく楽しそうに笑った。
ルルーシュは人の事を天然というが、彼だって人の事を言えないと思う。
頭が切れるくせに変なところが抜けている。良くも悪くも純粋なのだ。
「あ、ルルーシュ肩にゴミ」
「へ?」
言われ肩口に視線をやるルルーシュの頬に、先ほど同様掠めるようにキスをする。
「……っ、ス〜ザ〜ク〜」
「あはは、ごめんごめん」
白い頬が再び朱に染まるその様が何とも可愛らしくて。
低く唸るルルーシュに反省の欠片もない謝罪を口にしてスザクはその場を逃げ出したのだった。





その後、一拍おいてルルーシュの怒声がアッシュフォード学園いっぱいに響き渡り、しばらく周囲のからかいのネタになったそうな。








実際にスザクは猫舌ではないでしょう。
どっちかというと、個人的にルルーシュのほうがイメージがありますね。
自分が猫舌なもので、文中でもありますが昔は平気だった気がするんですよね。
何か猫と暮らすようになってから、猫舌になったような…。
それいうとみんなに気のせいだと言われます(笑)

小説(学園編)

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