目の前にあるのは白くて丸い物体。
「……………卵?」
スザクが手にのせているそれを見て、ルルーシュはヘアブラシを片手に呟いた。
昨夜の激しい嵐が嘘のように晴れ渡った早朝、ルルーシュたちが暮らす土蔵にやって来たスザクは、挨拶よりも先にそれをルルーシュの前に差し出した。
「他に何に見えるって言うんだよ」

スザクの呆れたその物言いに、ルルーシュはムッとしたがそれは面には出さずにおいた。
何故なら―――、
「卵?それ、どうしたんですか?」
自分の傍らで可愛らしく小首を傾げる妹の手前、ケンカなどしたくはなかったからだ。
「実は―――」
「大方昨日の嵐で巣から落ちたのを、拾ったんだろ」
ルルーシュはナナリーの髪をリボンで結いながら、さらりと言った。
全くその通りだったのだろう。得意気に語ろうとしていたスザクが不満気に睨んでくるのをルルーシュはあえて涼しい顔で無視をした。
「……?お二人とも、どうかされたんですか?」


「「いや別に」」


自分の頭上に流れる不穏な空気に怪訝な表情を見せるナナリーに、二人は口を揃えてにんまり笑った。
……どっちもどっちである。
それはさておき、問題は目の前の白い球体だ。
「―で、どうするんだ。その卵」
「え」
「巣に返したいとか言っても、一度人間の匂いがついた卵を野生の親鳥が育てるとは思えない。と言って、巣自体風とかに飛ばされていたら元も子もない話だけどな」
自分の問いかけに戸惑うスザクの様子に、ルルーシュは小さく息を吐く。
恐らく、勢い―――いや、正義感か。で、放っておけず持ってきたのだろうが、当人後先を良く考えていないのがその態度で明白だった。
生き物に手を出すと言うことは、それ相応の責任と覚悟が必要だ。
それが出来なければ、その行為はむしろ残酷である。
「……育てられないかな?」
僅かな逡巡の後、スザクはおずおずとルルーシュに提案してきた。
「却下」
「何で!?」
「まず、孵化の方法を知らないだろう?」
そう、卵はまず温めなければならない。だが、ただ単に温めればいいと言うものじゃない。
温度と湿度を常に一定に保ち、日に数時間おきに裏表を返す事2、3週間程で雛に孵るらしい。が、これはあくまで鶏卵の話だ。
目の前の卵が何の卵か解らない以上、孵化の方法が全く異なる場合だってある。
「そ、それは調べて…」
たじろぐスザクを見つめ、ルルーシュは肩を竦めた。
だから、安易に行動するなと言うのに…。
困ったものだとルルーシュが思っているその袖口を誰かにクイッと引っ張られた。
「お兄様……」
つられ見れば、物凄く物言いたげな表情がそこにあった。
それだけで、彼には妹が何を自分に望んでいるかよ〜く解ってしまう。
泣く子とナナリーには勝てない。
ルルーシュは深く、本当に深く息を吐いた。
「……解った」
「ルルーシュ?」
「俺も、協力しよう」
その言葉にスザクが反応するより先に、ルルーシュは指を一本突きけ、ただしと付け加えた。
「言い出したのはお前だからな。お前が一番に面倒見ろよ!じゃなきゃ手伝わないからなっ」
多少自分でも不遜かと思ったが、これでも充分な譲歩だろう。
案の定、ルルーシュの態度は気に入らないが、一人では心許ないとそう判断したスザクがその提案に渋々ながら頷いた。
まあどの道手伝う事になると予想はしていたので、この展開は自分的には悪くはない。
「それじゃあ、タオルと霧吹きとそれと―――」
こうして、主導権を握ったルルーシュは必要なものを揃えるため、上から目線でスザクに指示を出し始めたのだった。









「んで、卵は孵ったのか?」
尋ねるリヴァルに、ルルーシュは首を横に振った。
「いや」
「じゃあ…」
「割れちゃったんだよね」
今度はスザクが苦く笑い、答える。
結局はあの後3人でしばらく卵の面倒を見ていたのだが、ある日スザクとルルーシュの他愛のないいさかいの最中に誤って床に落してしまったのである。
ベシャリと、音を立て割れた殻から流れ出た黄身と白身……。
今思い出しても、忘れられない光景だ。
「でも中を見たら無精卵だったから、割れなくても雛が孵るはずなかったんだけどね…」
いくら温めても孵ることのない卵。
親にも探されることもなく見放され、命を形作ることもない。
不完全な存在。
それはとても自分たちに似ているような気がした。
「んじゃあ、ナナちゃんもガッカリしただろう?」
「まあ…」
聞かれ、スザクはルルーシュと目配せをして、曖昧に言葉を濁した。
割れた際運がいいのか悪いのか、ちょうどその時ナナリーは不在時だった。で、このままだとナナリーを悲しませると考えた2人は、生まれたが体が弱く近くの養鶏場に雛を預けた事にしたのである。
それでその場は何とかやり過ごしたものの、その後その養鶏場に雛の様子を見に行きたいとナナリーにせがまれ、2人はそれはそれは苦労したのであった。
「あの時は本当に大変だったよね〜」
「全く、大体あそこでお前が―――」
思いだし笑うスザクを、ルルーシュが軽く睨め説教じみた話を始める。
「……というかさぁ」
和気あいあいと談笑する(?)2人の間をリヴァルの呟きが割って入る。
リヴァルにはどうしても気になることが一つあった。
「さっきから気にはなっていたんだけど、そういう話をしながら卵料理を食っているお前らがオレにはどうかと思うんだけど…」
言いながら視線は2人の手元、食べかけのオムレツに向けられる。
現在、調理実習の時間で食べる以前に調理すらしてしまった後なのだが。
もちろん調理も、全てその話をしながらである。
「え、だって」
「ああ」
複雑な表情を浮かべるリヴァルを前に、2人は口を揃えてこう言った。


「「それはそれ、これはこれだし」」


「…………そう」

それ以上、リヴァルは何も言えなかった。
何で普段は全く違うタイプのくせに、こんな時だけ気が合うのか。
物事を分け隔てて考えられると言えば聞こえはいいが、何となく釈然としない心境のリヴァルであった。









もうちょっとリリカルな話しにしたかったんですけどね…。見事に失敗。
ルルーシュの立ち位置確実におかんです。

小説(学園編)

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