―放課後。
たまたま通りかかった廊下で、スザクは見知った姿を目にし足を止めた。
「リヴァル、…―何してるの?」
通りすぎる皆の奇異の視線を集める友人の側へ、スザクは何の躊躇いもなく近づき声をかける。
「!スザクいいところにっ。…悪い、手貸してくれないか!?」
「?」
床に這う姿で必死に辺りを見回しすその様に、スザクが言葉の意を捉えかねて迷っていると、ふと自身の足下に転がってきたものに目が止まった。
「…ビー玉?」
それは直径二センチほどの球形の中に赤いスジの模様が入っている、スザクが良く知るあのガラス玉だった。
拾いあげたスザクの唇から、思わず郷愁の念に似たため息が零れ落ちる。
「そうなんだっ、早く拾うの手伝ってくれ」
焦る声に煽られよくよく周囲を見渡せば、結構な数のビー玉が床に転がっているではないか。
彼はこれを集めていたのだ。
「どうしたの?こんなにたくさん…」
日本の古いおもちゃであるビー玉を、ブリタニアの学生であるリヴァルが、何故必死にかき集めているのか?
スザクはリヴァルと並び集めながら、その疑問を尋ねてみる。
「いやな〜、最近日本の古いおもちゃって密かなブームなんだよ。何て言うか、…アンティークっていうの?主にインテリアとして飾るのが流行りなんだけどさ―――」
で、それがたまたま大量に手に入ったので、みんなにもせっかくだから分けてやろうと、そういうことらしい。
しかし、持ってきたはいいがふとした拍子にビー玉が入れていた袋からこぼれ、更にそれに足をとられすっころんで盛大にばらまいたそうだ。
苦々しく喋るリヴァルの傍らで、スザクは笑いを噛み殺すだけで精一杯だった。
その目の端には床に転がった無数のビー玉やおはじきが見えた。
色とりどりのそれは、どれもスザクの記憶に残るものと同様に懐かしい光を放っていた。



「本当に助かったよ、ありがとな〜」
数分後、二人がかりで何とか全部回収し終える事が出来た。
やれやれとため息を吐き、リヴァルが立ち上がる。
「お礼ってほどじゃないけど、この中から好きなの選んでくれ」
一番最初に選ばせてやるからと、リヴァルは袋に集めたビー玉をスザクの前に広げた。
差し出された袋に、スザクは断ろうかどうか迷ったが、結局せっかくだからとその好意を有り難く受けることにした。
「えーと…」
スザクはひしめきあう色の洪水の中からゆっくりと選んでいく…。
「じゃあこれ貰うね」
そして、青と緑と赤色の計三個のビー玉を選んだ。
「そんなもんでいいのか?」
「うん。ありがとう」
遠慮するなと勧めてくれるリヴァルに、スザクは笑いやんわりと断り、貰ったビー玉を大事そうに自身の制服のポケットにしまい込んだ。



「―そういうわけなんで、良かったら貰ってください」
学校から戻ったスザクは、早速出迎えたセシルにポケットから取り出した緑のビー玉を、一つ差し出した。
「こういう事は、くれた側にもあげる側にも失礼にあたるかもしれませんが…」
「あら大丈夫よ?少なくても私は嬉しいわ」
ありがとうと、セシルは笑ってそれを受け取ってくれた。
やはり彼女も見るのが初めてらしく、スザクから手渡されたそれを物珍しげに転がし、好奇心に太陽に透かしのぞきこむ。
「…きれいね。まるで宝石みたい」
光を受けキラキラと輝くガラス玉に、セシルは眩しそうに目を細める。
「そうですね」
こういう所は日本人だろうが、ブリタニア人だろうが変わらないもののようだ。
セシルのその幼子のような仕草が嬉しくて、スザクの口元に自然と微笑みが浮かぶ。
「おや〜。どしたの二人とも?」
そんなやり取りをしていると、ロイドが書類を片手にやってきた。
「ん?何を持っているんだい」
「あ、ロイドさんも良かったら…」
セシルの手の中のものを覗き込むロイドに、スザクは今度は赤いビー玉を取り出した。
「これは…ビー玉かい?」
「はい。よくご存じですね」
「実物を見るのは初めてだけどね。この国のおもちゃでしょ」
スザクの手から指でつまみとったロイドは、興味深かそうにビー玉を観察する。
「……これを弾いたり転がしたりして、遊ぶんでしょ。いやぁ実にシンプルな遊びだね」
コロコロと指先でその硬質感を確かめながら、ロイドはしみじみと呟く。
「…そうですね。僕もこれで幼い頃よく遊びましたよ」
その言葉に当時を思い出したスザクは最後に手元に残ったビー玉を取りだし、微苦笑を噛み締めた。
家庭事情のせいで友達もできず、一人で遊ぶ事が多かった幼い頃。いつも遊んでくれたのは、家で働いてくれていた一人のお手伝いさんだった。
年老いた人だったのでゲームとかそういった今時の遊びではなく、お手玉やあやとり等、昔ながらの素朴な遊びばかり。
もちろん、ビー玉もその中の一つである。
キラキラと光を反射し光るその様を気に入り、よく床にたくさんのビー玉をばらまいては飽きずに見ていたのを子供心にスザクはよく覚えている…。
「あら、三つとも色が違うのね?」
「…え?」
昔を思い出していたスザクが顔をそちらに向けると、セシルはそれぞれが持つビー玉を交互に見やっていた。
「私が緑で、赤と、青でしょう。何か意味があるの?」
尋ねられスザクは、はいと恥ずかしそうに頷いた。
確かにそれは考えがあっての選択だった。
「……何て言いますか。お守り?っていうかそんな意味合いです」スザクは自分が言いたいことと、それに合致する心底の中の言葉を探りながら、そう答えた。
お守り。ニュアンス的には多分それが一番近い気がする。
「お守り?」
「はい。昔ある人に教えてもらったんですけど―――」



―あの頃、幼いスザクが落ち込んだり拗ねたりしている時、決まってお手伝いさんがやって来て、ビー玉を一つ手のひらにのせてくれた。
赤は信念を貫けるように、緑は心が安らぐように。
その時の気持ちや、状況にあった色のものを握らせ、決まってこう言うのだ。

『ビー玉の中に気持ちを閉じ込めなさい』

弱い気持ちはビー玉が吸い取ってあげるから、と。
その言葉を信じていたスザクは、その頃良くビー玉にお世話になっていたのだ。
「…成る程ね〜」
「もちろん、そんな力がビー玉にあるわけないし気休めですけど、ね」
スザクは苦く笑う。
「赤が信念、緑が安らぎ…。じゃあ青は何なの?」
「青はですね―」
「ああ、しまった!」
セシルの疑問に答えようとしたスザクを、ロイドが大声が遮った。
「ど、どうしたんですか急に」
「今から、政庁にこの前の報告に行くんだったっ」
手に持った書類を差し、そうだそうだとロイドは後頭部をかく。
「もう、どうして忘れるんですか!?」
ごめんごめんと、謝罪を口にするロイドだが、その態度に全く反省の色が窺えない。
そんなロイドの襟首を憤慨したセシルがひっ捕まえた。
「ごめんねスザク君、また後で教えてね?」
「あ、えっと…」
スザクの返事を待たず、そう言いセシルはロイドを引きずるように立ち去ってしまった。


…特に自分は青いビー玉にお世話になったものだ。
慌ただしいその後ろ姿が消えた後、スザクは自分の手に残った青いビー玉を一人見つめていた。
そして、青いガラス玉を強く握りしめる。
―青いビー玉は、悲しさを癒してくれる。
寂しさからくる悲しさも、悔しさからくる悲しさも。全てこの小さなガラス玉が吸い取ってくれる。
何かある毎に独り隠れて泣いているスザクをどうやってか必ずお手伝いさんは見つけてくれて、ビー玉を手渡しいつも傍らに居てくれた。
慰めるわけでもなく、励ますわけでもなく。
時折ポツリポツリと、スザクが溢す言葉に相づちをうつ程度だったが、傍らに誰かがいるというだけで、ひどく安心したのを覚えている。
だから、そのお手伝いさんが自分の身を案じながらも、高齢を理由に辞めた後、ビー玉を握り締めればその時の安心感が甦り、スザクは心の支えにずっと持ち歩いていた。
その数年後そのビー玉の話を当時友達になったばかりのルルーシュに話たら、そんな分けないじゃないかと真顔で言われてしまった。
その直後、ケンカになったのはいうまでもない。
自分だってそんなことわかっていたのだ。
それでも、そうしなければ自分は……。
スザクは胸中に甦ったあの頃の苦さを噛みしめ、かぶりふる。
あの幼き日々の、握り締めていたビー玉はいつの間にか何処かに消えてしまい、それでも自分は大人になっていった。
小さなガラス玉に頼らなくても済むくらい、強くなった。成長したと言えたらどんなに良いことだろうか。
でも実際は慣れてしまったのだと思う。
悲しみばかりの日常に。
人間とは慣れてしまう生き物だから。
自身の手の中で、静かに光を映すビー玉の奥に見え隠れする幼き自分。
見つめていると懐かしいと思う気持ちより、どうしようもない罪悪感が込み上げてきた。
それが過去の自分に対してなのかどうしてなのか、自身でも漠然とし解らなかった。
ただ、言えることは後ろは振り向くことは出来るけれと゛決して戻ることは出来ないということと、進むしか自分には選択肢がないということだけ。
留まることは許されず―いや、自身が許すことはない。
それが耐え難い罪から目を逸らすための、偽りの行為と言われても、今ある自分を世界に繋ぎ止めるためには進むしかない。
スザクは青く光るビー玉を握りしめたまま、その手を静かにポケットにしまいこんだ。
―リヴァルには悪いが、やっぱりこれだけは明日彼に返そう。
手のひらにある固い感触に、離れがたい気持ちを感じつつ、スザクはゆっくりと手だけをポケットから抜き取った。
決意と言うには大袈裟で、けじめと言うほどはっきりとしたカタチでもない。
けれど今の自分は、昔の自分とは違うのだ。それは事実だ。だから自分は何かに依存してはいけない。
そう、思うから。
スザクは祈るような心持ちで目蓋をふせ、それから静かに目を開いた
その孤独に揺れる瞳は、どこまでも深く悲しいほどに強い輝きを放っていた……。









孤独っこスザク。
小説(シリアス編)

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