こいぶみ
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芦屋の事件から数日たったある日。
「…どーしたの」
お鈴と街でばったり会った銀時は、お鈴の頬に貼られた絆創膏を見て目を丸めた。先日、芦屋の短刀が掠った時にできたものだ。
遊女の顔が傷物になるなど、言語道断。お鈴は慣れたように返す。
『ちょっと擦りむいてもうたんどす』
「…せっかくの商売もんが台なしだな」
『人を物扱いせんといて下さい。商品は顔じゃありまへん。芸どす』
「しかしこりゃまた災難だな。しばらく仕事できねぇんじゃねぇの?」
『ふふ。馴染みのお客はんの前には出てしまいますけど。でもうちのお母さんにはえらい怒られてもうて』
「そりゃそうだわな」
きっとひどく怒られたことだろうと銀時は眉を下げる。その"お母さん"からすればお鈴は商品なのだから。
顔の傷にも理由があろう事に銀時は察していた。
そこでふと銀時はお鈴の視線が別の何かを見ている事に気付いた。それを辿れば少し離れたところを沖田が歩いている。
なるほどと銀時はニヤリと笑う。
「おーい、おーきたー」
銀時は手をふらふらと上げる。お鈴の肩がピクリと跳ねるのを見て苦笑する銀時。
すると沖田は銀時達に気付いてこっちを見た。しかし無表情に軽く手を上げ返しただけでそのまま行ってしまった。
「ありゃ行っちまった。ここに美人がいるのに気付かねーのかねあいつは」
『ふふ。お仕事が忙しいんちゃいますか?』
「お鈴ちゃん騙されちゃいけないよ。いくら制服着ててもね、奴は気持ちわりーアイマスクしてただろ。あれはまったく仕事しねー警察の皮を被ったダメ人間だからね」
『そんな事ありまへん。この間もうちの事助けてくれはったんどす』
銀時は「ああ」と納得しこの間、月詠から聞いた話を思い出した。
吉原の世情が、やっと銀時の耳に入った日の事だ。銀時にそれを伝えたのは月詠だった。
「浪士共の巣窟か。ガタガタだな。どうなってんだ吉原は」
「わっちらかて手を焼いとるんじゃ。百華の数も限られておる。隅々までは手が届かん」
「……」
「鳳仙の力がどれほどのものだったか…改めて思い知らされた…」
月詠は少々参っているようだった。
吉原の中の人間なのだ。真選組や人づてに聞いた銀時よりは情報は月詠の方が早い。しかしそれをもってしても防げないものもたくさんある。
「…俺も動くか」
「銀時…」
「なに、夜王ん時みてーなんなたいそうなこたァしねーよ。俺が動かずとも動いてる奴ァいるしな」
銀時は真選組の事を思い出す。夜王が去った今、真選組は吉原の内情を探りはじめている。探ればわんさかとネタが出てくる街だ。
「…お鈴ちゃんどうしてる?」
唐突にお鈴を思い出した銀時は月詠に尋ねてみる。
「さぁ。わっちも毎日会うわけじゃないからわからん。仕事に出掛ける道中にすれ違う程度じゃ」
「ああそう」
「だが…ついこの間、ある揚げ屋で男が真選組に粛正を受けたと聞いた」
「芦屋?」
「確かそんな名前じゃ。お鈴もそれに巻き込まれておったらしい」
「お鈴ちゃんが?」
銀時は片眉を上げた。
ただの芸妓がなぜ、と思ったが芦屋がその揚げ屋にお鈴を呼んだだけかと思いつく。
やるせないとでも言うように「なんだかなぁ…」と言い空を見上げため息をついた。
「ただの町娘ならあーんな男と関わる事もねぇんだろうがなぁ。親がいねぇ娘が一人で生きていくにゃ花街しかねぇもんかね」
「…さーな。だがお鈴には大層な客がついておる。京からの馴染みの客じゃ。それがあっただけでも幸いだ。客のとれん娘も多いからな」
「京から?随分ご執心なのな。お鈴ちゃんのケツ追っかけてきたわけか。情けねぇボンボンだな」
「違う。お鈴が追っかけてきたんじゃ」
「…?」
「お鈴が追っかけて江戸まで来たんじゃ」
「…おいおい嘘だろ。いくら羽振りがいいからってそこまでやるかフツー」
「事情は知らん。わっちも噂で聞いたくらいじゃ。ま、遊女がこの街で生きていくには客の存在が必要不可欠じゃ。金のないぬしなんか相手にしん。お鈴の周りをうろつくのはやめなんし。お鈴のいる桜花楼の女将も結構なやり手と聞く」