こいぶみ
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「どうしたんだ、ぼうっとして」
縁側に座り沈む夕日を眺めていた沖田の背中に声をかけたのは近藤だった。
振り返る沖田に穏やかに微笑み自分も沖田の隣に座る。
「おー、改めて見ると圧巻だな。久しぶりだ、ゆっくり空を見上げるのは」
「俺はわりとよく見ますよ。今日の昼間とか」
「…お前またサボッてたな」
近藤は困ったように笑いため息をつく。
「空なんか見上げて、なんか悩み事か?」
「俺がんなタチに見えますか」
「トシの事か」
沖田は一瞬黙る。
しかしすぐに「まさか」とフッと笑った。
「土方さんの事で悩んだらいよいよ俺ァ病気ですよ」
「トシはお前を心配してるんだ。わかってやってくれ」
「土方さんも同じ事言ってましたよ」
「トシが?」
「俺と芸妓の事、勘ぐってるみたいじゃないですか」
あっさりと言う沖田に少々面くらい「勘ぐってるわけじゃないが」と眉を下げ笑う。
「なんだろうなぁ…。はたから見てると、あの娘に気をとられているように見えるぞ。…いや、今はなくともあの娘はお前に変化をもたらすはずだ」
「……」
「まぁそれが男女のそれ、と言ったらまた違うかもしれんが、あの娘が気にかかってるのは確かだろう」
ゆらゆらと揺れてるように見える夕日。もうすぐ沈む。完全に。今日の終わりを示す、自然の目印。
しばらくして沖田はぽつりと口を開く。
「気にしてないっつったら嘘になっちまう。でも近藤さん達が心配するような事にゃなりやせんよ」
沖田が吐露する素直な心。近藤は黙って聞いていた。沖田は続ける。
「俺ァこう見えて仕事熱心なんでさァ。俺が興味あんのは吉原に潜む浪士だけですよ」
「総悟」
「まったく、土方さんにしろ近藤さんにしろ心配性ですね。だけどそんなんじゃねぇんですよ」
近藤にはわかる。
いくら沖田が口では否定しようとも、沖田の中の変化は目に見えてしまう。いくら取り繕おうとも、小さい頃から沖田を見てきた近藤にはわかってしまうのだ。
「…総悟、」
「去勢はって生きてるような娘なんですよ。初めて会った時も、そうだった」
沖田は回想するように遠くを見つめた。
数人の男に囲まれ、普通なら最悪の状況が頭に浮かび女ならば涙の一つも流すだろう。
だけど沖田が遠目から見てもそんなじゃなかった。
自分を囲む男達を睨み、自分の心の内を読まれないよう必死だった。怯えているのを気取られないよう必死だった。
そういう娘なのだ。
人に弱みを見せるのが嫌いなのだ。付け込まれるのが嫌なのだ。
おそらく、あの世界に入って培われたのだろう。
温室でぬくぬく育った街娘とは違う。幼い頃から社会で生きていく術を叩きこみ、養ってきた自分という誇り。
「花街に売られた娘なんてごまんといる。わかってんですよんなこたァ。だけど」
「だけど…」と沖田は言葉を紡ごうとするが先が続かない。近藤はその続きを引き継ぐように口を開く。
「総悟。俺達はお前の人間関係までごたごた言うつもりはねぇしお前が出会う人間はお前が決めるものだ。たとえどんな出会い方をしたとしても、その責任は全て自分に返ってくる。だけど俺ァ、出会い方だけは間違えてほしくねぇんだ」
「むこうは遊女、こっちは警察。…なるほど、確かに滑稽ですね」
「総悟」
「…あいつはなりたくて芸妓になったわけじゃねぇ。ならざるおえなかったんだ。身寄りのないガキが生きていくためには」
近藤は少し悲しかった。沖田の事は小さな時から知っている、血の繋がりなどなくとも間違いなく、弟と兄のような間柄だ。
"大人"と位置づけながらもまだまだ子供でいてほしい。親心のようなものだった。
「…すまなかったな。別に信用するしないの問題じゃねぇんだ。ただお前が心配なのさ。トシだって同じ気持ちだよ」
「わかってますよ」
沖田は立ち上がった。
「わかってます。だから俺を、吉原の件から外したいんでしょう」
沖田は切り捨てるように言うとズボンのポケットに両手を突っ込み行ってしまった。
近藤はただそれを心配そうに見つめる。
去勢はって生きているような娘。沖田はそう言った。
それは沖田も同じ事だ、と近藤は思った。
互いに付け込まれるのが嫌なのだ、きっと。
互いに認められないのだ、きっと。