†胡蝶の夢†

□1.追憶
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 彼が生まれた朝から、私の記憶は鮮明に残っている。あれは、良く晴れた日の午後だった。頬を撫でてゆく風はとても穏やかに木々を揺らし、だが、時刻は滔々と流れていた。
 奥の離れの間からは、途絶えることなく一刻ほどの間、母が唸っている。それは、とても神聖な事だと父が言った。滅多にそんな事を言わない父だけに驚いたものだった。
 苦しげな母の声と、産婆のもう少しですよと言う話し声、まだ年若かった私には少し空気が重すぎて、疲れを感じていた頃だった。母の声と産婆の声とは違う新しい声が響いてきた。


 「男の子ですよ。」


 生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら、産婆が父の元へやってきた。腕には赤子を抱きしめて。嬉しそうに抱き上げながら父が母に話しかけたが、母の口が開き言葉を発する事は2度となかった。
 赤子の命と引き替えに母は死んだ。苦しさのない穏やかな顔で母は帰らぬ人となった。
 その日から、弟の世話は私の仕事になった。まだまだ遊びたい盛りの年頃だったが、私は無駄に使命感を感じていたのかもしれない。





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