†FreeButterfly†

□〜第一章〜
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辺りが闇に染められてからどれほどの時間が経過したのだろうか。
地べた――とは言っても毛足の長い絨毯の上だが――に力なく座り込んだカイの手に入れ直した紅茶を健一がそっと渡した。
短く礼を述べるとアールグレイの香り豊かな琥珀に砂糖とミルクを落とし、カイは再び溜息を付く。

「落ち着いたか?」

「落ち着く訳ないやろ!もう泣きたい気分や」

宥める口調で尋ねる健一にカイは答えた。
泣きそうだ、と言いながらもすでに目が潤んでいるようだ。――同じ男とは思えない可憐さだ。中身は実に男らしく暴れん坊だが――
しかし始まってしまったものは仕方がない。住んでいたマンションは引き払ってしまったし、事務所からの期待も背負っている。
だいたい罠に嵌まったようなものとはいえ自身で選んだ道だ。男としてのプライドだってある。


「あー、まぁ何だ。明日さ。ちゃんと本読もうぜ」


言い難そうに頭をガシガシと乱暴に掻きながら健一は言った。カイはというと“本”という単語にピンときていないようでキョトンとしている。
所謂、専門用語にあたるのだという事を思い出し、健一はあぁ、とお互いの目の前にある冊子を指差した。

「台本の事だよ。…そっか。お前本当に音楽畑なんだな」


そう言われてクスンと鼻を啜りながらこくりとカイが頷いた。天然なのだろうが、庇護欲を掻き立てるキャラクターをしている。
この子に付くファンはおそらくこういう所にやられているのだろう、と健一は思いながら自身でいれたコーヒーを啜る。


「そうや。歌しかした事ない。ソロで動くんかて初めてや。それが男の相手やなんて…オレの人生のっぺらぼーやで」


眉間に皺を寄せてまたうーだのむーだの呻き始めた。確かに健一とて同じだった。初主演がよりにもよってBLとは。

「…まぁ、ギャラとバックはおかしいと思ってはいたんだ」


赤沢とは言え経験の浅い人間に一億は良く考えればおかしい話。このマンションも然りだ。これまでが報酬に入っている。
更に言えばあのマネージャーの対応だってそうだ。綿密に計算されつくしたあの畳み掛け。怪しさ爆発だ。




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