†胡蝶の夢†

□1.追憶
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 彼が生まれてから、父の食事を作り、弟の父を隣の女の人から貰い、私は私なりに家事を切り盛りし少しでも父が人形作りに励めるようにと努力した。

 老舗と呼ばれる父の工房から漂ってくる木の匂いに包まれながら私達は育った。幸せで穏やかな時間だった。

 彼は【竹志】と名付けられ、名前に負けない真っ直ぐな気性で育っていった。

 彼が17の秋に私達の住む東京に汽車が走った。鉄の固まりがあり得ない早さで動く事に私は戸惑いを隠せなかったが、彼、竹志は誰よりも先に見たいと私の手を引いた。

「何、やってんだよ!早く!早く!!」

両足をじたばたさせながら、竹志は周を急かした。風呂敷に必要な物を揃えながら、周は薄く笑った。

「そんなに急がなくて汽車は逃げませんよ」

 焦ることなく、しかし動作が止まることなく周は出かける準備をしている。

「何言ってんだい!汽車は逃げるよ!こう、ピューっとな!」

 大げさな仕草をしながら竹志は未だバタバタしていると、用意が出来た周が腰を上げた。それを見るや否や竹志は周の手を取り走り出そうとする。見かねた周はゆるりと手を振りほどこうとしたが、握られている手は思いの外力強く、竹志を振り返らせるだけに留まった。

「子供じゃないんですよ、一人で歩けます。」

 そういう周に、竹志は屈託なく笑いかける。

「まぁまぁイイじゃなねぇか!ほら、行くぞ!」

 間違った育て方はしていないはずなのだが、竹志は何故か周にだけは強引だった。
 他の場所では、天真爛漫で武勇に秀で学問にも長けたいた為、誰とでも友人になり、何事もそつなくこなしている竹志だったが、そう周にだけは自分の我を通し、時にはかなり強引な言い分を平気で口にしていた。
 周にしてみても、優秀な弟のはけ口位に捕らえていた為、何ら気にした様子はない。
 今日も、汽車を見に行こうと言い出した弟に、仕方なくつきあっているのだ。


 そう、仕方なく…。




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