†FreeButterfly†

□〜序章〜
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――数分後。場所をカフェテリアに変え、二人は向かい合う形で座っていた。時間帯の関係か他にはほとんど人がおらず人影はまばらだった。
健一は相変わらず目を合わせる事が出来ず目の前に出されたコーヒーを一心不乱に見つめ続けている。
そんな健一の様子を何ら意に介する事なく、女性は話を進めた。

「実は当方の、赤沢、が。次回作の主演をぜひ貴方にお願いしたいと申しておりまして」


「あ、かさわ…って、あの“世界の赤沢”!?」



健一は我が耳を疑った。夢見るあまりとうとう幻聴が聞こえ出したのかと自身の将来を悲観するほどだ。
だって今彼女が口にした単語はどれも聞きたいと切に願い、だからこそ聞く事はないだろうと半ば諦めていたものばかりだ。
本当に?本当に今彼女は“赤沢”と言ったのか?パリウッドにおいて日本では唯一認められた最高峰の、あの赤沢監督?
健一の反応に気を良くしたのか女性は注文した紅茶に口を付けながら笑みを深くした。


「ええ。もちろん事務所にはお話を通して快諾頂いております」


何処の事務所が所属俳優の大抜擢を躊躇うのか。それは当然の反応と言えた。もしかしたらそれどころか事務所の社長は泣いて喜んでいたかも知れない。
健一は背の低い禿げ頭を思い出し、胸焼けに似た感覚を覚えた。あの人まるで田舎のお爺ちゃんみたいなんですけど。
女性は休む間もなく意気揚々と説明を続けた。


「赤沢は今回の映画でカンヌを取るつもりです。――如何ですか?」


世界的な映画祭での栄光。そこで賞を取った映画に出演した俳優も勿論、個人的な賞を貰い易いというのはいっそ常識だ。
健一が夢見る“主演男優賞”とて例外ではない。あの惶びやかな赤い絨毯の上を歩ける。
そして隣には美しい恋人が。――彼女は居ない。あくまでも夢、だ――
非ではなくなった現実を噛み締めていると女性に答えを促され、慌てて健一はありったけの笑顔で答える。


「や、やります!いや、やらせて下さい!」





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