†FreeButterfly†

□〜第三章〜
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ふ、と意識が上昇するのを健一は感じた。どうも最近眠りが浅い。柔らかすぎるベッドのせいか。隣に慣れない人間が居るせいか。それとも・・・。
何気なく隣に目をやるとカイの姿はなかった。手を置いてみると冷たく、そこに人が居た形跡がなかった。それに気付き慌てて起き上がるとリビングに駆け込んだ。
やはり其処にもカイの姿はない。「あいつ・・・」ギターを抱えるカイが頭をよぎる。やはり酷だったのか。何も分からない世界に突然一人で放り込まれたカイ。隣に居るのも慣れた相手ではないし、

そう、本当であればカイの隣に居るのは自身ではなく――――


「ん?」


何だ、これ?  健一は思わず胸を片手で乱暴に掴んだ。苦しい。気持ち悪い。初めての感覚に戸惑った。
そのドロドロとした感覚を怒りに変え、「あいつ!逃げたのか!?」と何かを吹っ切るかのように声を荒げた。
ドサッと柔らかいソファーに腰を落とすと目の前のテーブルに紙切れが置いてあるのに気がついた。寝る前にはなかったものだ。
不思議に思いながらその紙切れを手に取る。どうやらそれはカイからの置手紙のようだ。嫌な予感がしつつ健一はそこにある文を読み始めた。

『スタジオに行って来ます。美味しいたこ焼買って帰るから怒らんといてね  カイ』

クシャッと手に持った手紙を握り締める。ふつふつと湧き上がるのは勝手な行為に対する怒りか、逃げたのではないと分かった安堵か。

「・・・なぁにが『怒らんといてね』だ!!何でたこ焼なんだよ!あのたこ焼星人がぁぁ!!!」

ちょうどそう叫び終わったタイミングで玄関の扉が乱暴に開かれる音が聞こえてきた。ドタドタと慌てた感じで此方へ走ってくる音もする。

「ただいま健ちゃん起きてるか!!??」

「起きてるかじゃねーよ怒ってるよもの凄く!!」

簡単に許すと付け上がる!と健一はギラリとカイを睨み付けた。ありゃーとばかりに気まずそうにへらりと笑うカイに更に詰め寄る。

「何で勝手にそうやって・・・ッッ」

だがその怒りの言葉は途中で消え去る事となる。近付いたカイの右頬が赤く腫れているのに気付いたからだ。
唇の端も切っているようで時折眉をしかめている。健一はそれを見るなりフと表情が消えていった。

「何だよその顔。どうしたんだ」

健一が触れると痛いのか涙目になりながらふぃと健一の指を避けるように顔を背けながら、

「ちゃうねんちゃうねん、そんな事よりもやな」

と自身の話を続けようとするが目の前のカイしか見えていない健一は尚も「どうしたんだ」と今度は背けないよう顎を掴み顔を固定してしまう。
どうにも誤魔化せそうにないと観念したカイはやんわりと自身を掴む健一の手を抑えながら苦笑してみせた。

「・・・誰だ。バンドの奴か」

「あぁ、うん。こっから先映画終わるまでスタジオは出られへんて言うたらガツンて」

未だヘラヘラしているカイはそう言って健一の顔を覗き込んで何度目かの戦慄を覚えた。
表情がないという事がこれほど恐ろしいとは夢にも思っていなかった。表情が無いのに、目の奥にはゆらりと底知れぬ怒りの炎が見えている。
口内で「んだそれ」と呟いたかと思うと健一の視線は玄関へと移動していた。続いてまるで脊髄反射のように体までもが玄関を目指そうとしている事に気付いたカイは慌てて健一を止めに入る。
今の健一は簡単に人を殺しそうで心から怖かったからだ。
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