頂き物
□あなたの手を
1ページ/5ページ
海は、好きだ
夏の海はもちろん、春の海も。秋の海も冬の海も。
季節が変わるたびに、潮の香りや海の色、誘う風の声も変わる。季節が変わらずとも、少しずつでも変わっている
そこに同じはなくて、変わり続けるそれは進化のようだと、言っていた。
「ネウロ、着いたよ」
ブレーキを止めるあの独特な匂いが、開いた窓から漂ってきて、私は小さく顔をしかめる。いつ嗅いだってあまりいいものではないと思う。
その匂いが染みついた椅子に、まだネウロは腰かけているネウロは目を閉じている。元々白い肌をしていたが、今日はまるで死人のように見えた。
「………」
「ネウロ?」
「………ああ…」
肩を揺さぶると、すぅと開かれる瞼に安堵した。ふらりと立ち上がるネウロの背をそっと支えながら、発車の音楽が鳴り始めた電車から慌てて降りる。覚束ない足取りのネウロを押して、扉の閉まる一瞬前にでなんとか靴はコンクリートの床に出会った。
「もう、シャンとしてよ!」
「フン…」
「ったく…いつも偉そうなんだから。行くよっ」
だらりと肩からぶら下がるままだった手を掴み、やや強引に改札へと引っぱっていく。ネウロは私にされるがまま。
長い足をなんとか前後させて、私についてくる。
(手を、引いてくれなくなったのは、いつからだったろう)
見えないように唇を噛んで、私は二枚重ねにした切符を機械に通して改札を通った。すると途端に、潮の香りが強くなる。顔を上げれば、遠くに青い水面が見える。
思わず立ち止まって、深呼吸する。
「――――はぁ…」
海は不思議だ。なぜか帰ってきたというような、郷愁に似た感覚に襲われる。
しばらく私は、遠くで煌めく海を見つめて立ち尽くしていた。
知らず、力の抜けていた手を、いきなり掴まれる。
見下ろすと、私の指は手袋に覆われた黒い指にしっかりと絡め取られていた。
「…ボーっとするな、ワラジムシ」
ぼそりと言われた暴言に、ついぽけっとしてしまう。ネウロの顔をまじまじと見ると、ネウロは不敵にニヤリと笑った。
懐かしささえ覚えるそれに、じわりと涙が滲んだ。
ネウロが首を傾げるのを見て、慌てて手の甲で拭う。にっこりと笑って、ネウロの手を握り返す。
「……ごめん。行こっか!向こうまでそれなりに距離あるし…歩かなきゃ」
「いや…その必要は無い」
私が足を踏み出すのが早いか、ネウロに腰を抱き寄せられ、気がついた時には私は空を飛んでいた。
「―――ネウロ!」
ネウロの腕の中で。
「案ずるな。無理はしていない」
「…でもっ!」
危なっかしく、右へ左へ。
「じきに…着く」
いつかより色褪せた翼で。
ゆっくりと、海に近づいていく。
私を安心させるかのように額に触れた唇は、氷のように冷たかった。
・