短編小説

□アンドロイド少女
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―――鉛色の雲はゴロゴロと低い唸り声のような音を上げながら凄い早さで流れていき、背中を押すような強い風は目の前で立ち尽くして空を見上げる遥香の薄茶色で少し短い後ろ髪をなびかせた。彼女の白い首筋に思わず目が止まる。


「………早く帰らねぇと雨降るぞ」

「うん、帰るよ?」


そう言って遥香は薄ら笑いを浮かべて俺の方を振り返る。その拍子に制服のスカートの裾が少しだけ風に揺れる。


「………なぁ、遥香…」

「なぁに、コースケ」

「……………好きだ」


もう、何度この台詞を吐いたか分からない。数十回かもしれない、あるいは数百、もしかするとそれ以上……。
そして、俺が何度もこの台詞を吐くように、彼女もまた、同じ台詞を優しく俺に吐き捨てる。



「ありがとう、コースケ。………でもね、私はアンドロイドだから誰も愛する事はできないの」



そう小さく微笑んだ遥香の顔はひどく綺麗で、何故か悲しそうに見えた。





アンドロイド少女





浅井遥香はアンドロイドである。


――…もちろん、それは“自称”の話であって、本当は普通の女子高生だ。
だけども彼女はそれを一切認めず、自分をアンドロイドだと言い張る。
それ故に彼女は周りから“変わり者”だと思われ、除け者にされたり、あるいはそれを面白がって彼女に無理難題な事をやらせたりする輩も居なくはない。


今だってそうだ。




「―――…っ、遥香!」


昼休み。透き通った青空に悲鳴に近い俺の声が反響する。


「………あ、コースケ」


俺の声に遥香はちょっとだけ目を丸くして俺の方を見た。……それも、強風が吹き荒れる屋上のフェンスの向こう側から。


「おまっ、何やってんだよ!そんな所にいたら危ないだろ!」

「大丈夫、コースケはそこにいたら安全だよ。…それに私はここから飛び降りて自分がアンドロイドだって証明するよう指示されたんだから」


―――アンドロイドが人間の命令を聞くのは当たり前の事でしょ?


静かな声でそう言って微笑む遥香に俺はすかさず「ふざけんなっ!」と怒鳴った。


「そんな易い挑発なんかに乗ってんじゃねぇよ、バカ!早く、こっちに戻ってこい!!」

「でも……私…」

「遥香!これは命令だ!今すぐこっちに戻れ!」


“命令”

その単語を口にした瞬間、胸が一気に苦しくなった気がした。……理由は分かっている。
だが、今の遥香にはこの言葉が一番有効で、彼女は不満そうに唇を尖らせながらも「分かったわよ…」とフェンスを超えて、戻ってきた。
まったく……真っ昼間から人をヒヤヒヤさせやがって……。


「あーあ……コースケのせいで私、あの男子たちに自分の存在を証明できなかった。……また嘘つき呼ばわりされるじゃん」

「んなの、アイツらに好きなだけ言わせておけばいいだろ。お前はお前なんだからさ」

「コースケは良くても、私は良くないの!あのね、何度も言うけど私という存在があるのは、私を丹精を込めて作ってくれた博士のおかげなの!それを否定するのは博士に対する侮辱よ!」

「ハカセ、な……」


一段飛ばしで階段を降りていく遥香の後ろをついて歩きながら俺は思わず溜め息をこぼした。


遥香がこんな風になってしまったのは、一体いつからだっただろうか。昔は“人間”の女の子で普通の幼なじみだったのに……。
何が彼女をこんなにも変えてしまったのだろうか……もう、よく覚えていない。


「………なぁ、遥香」

「なぁに、コースケ」


不思議そうにこちらを向いて小首を傾げる遥香。こんなに人間らしい表情や仕草をしてみせるくせに、彼女はそれでも自分が人間だと認めないつもりなのだろうか……。


「…………遥香は、アンドロイドなんかじゃない。遥香は“人間”だ」


そう告げると遥香は驚いたように二重の瞳をパチパチと瞬かせると、「ありがとう」と微笑んだ。


「…アンドロイドは“人間らしく”作られてるから、そう言ってもらえると嬉しいな。ありがと、コースケ」

「……………」


…そういう意味で言ったワケじゃないのだが………今の彼女にそれが伝わる事はきっとない。

小さな微笑みを浮かべていた遥香は、ふと何か思い出したかのように「あ、そうだ」と両手をポンッと合わせた。


「あのね、コースケ。今日、博士の所に行かなきゃいけないんだけど……」

「ん?……あぁ、もう“メンテナンス”の頃だっけ…」

「そう。それでね、コースケも一緒に来てくれる?」

「別にいいけど……」


俺の答えに遥香は嬉しそうに口元を緩めて「やった!」と言った。
……こうして、ちゃんと喜怒哀楽を表現できるのに、どうして彼女は“アンドロイド”になったのだろうか……。
きっとその理由は俺自身もよく理解しているんだと思う。


…だけど、



「それじゃ、また放課後にね」

「……あぁ、また後で」



―――……“ココロ”はそれを理解してくれない。






――――――
突発的に思い付いた話。続くかは不明だけど、続けたいな。

以下、超アバウト設定

『アンドロイド少女』

浅井遥香…自称アンドロイドの少女
國原孝介…遥香の幼なじみの少年




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