短編小説

□こちら恨み屋でございます
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晴らしたくても晴らせない恨み、お持ちじゃないですか?
身内、職場の仲間、友人、恋人等など。晴らしたくてもなかなか晴らせない相手、人生で必ず一人はいるでしょう。
恨み自体を忘れたくても忘れられず、ずっと心中をモヤモヤと…。これはさぞ気分の悪い事でしょう。
そんな悩みを抱えたアナタに素敵な情報をお教えします!

『恨み屋』をご存知ですかな?

アナタの代わりに恨みを晴らしてくれる商売でしてね…………おや?ずいぶんと訝しげな表情ですね。それほど信用のし難い話でしょうか?
電話やメールでちゃちゃっとお申し込みして頂ければ、“我々”はすぐにアナタの恨みを晴らしに伺いますよ。ほら、何も難しい事はない。

さぁ、今こそその恨み、晴らしてみませんか…?










―――――…ネオンが怪しく照らす深夜の街。その明かりの片隅にひっそりと佇む路地裏に反響するのは慌ただしい足音と男の息切れだ。


「くそっ!……くそっ!何なんだよ、あの“ガキ共”!!いきなり人の事を………うぉっ!?」


後方を振り返りながら走っていたせいか、男は足元に転がっていたゴミ袋に気付かず、派手に転倒する。
突然の鈍い痛みに男が顔をしかめながら起き上がろうとすると、不意にその喉元に鉄パイプが突き付けられる。


「てっ……てめぇ…!」


ぐっと一瞬、喉に息を詰まらせながら男が苦い表情で自分に向かって鉄パイプを突き付ける青色のフードを被る少女を睨み付けた。


「こっ……こんな事してただで済むと思うなよっ!これは犯罪―――」

「煩い」

「あぁ!?」


静かな声で、しかし鋭くピシャリと言葉を遮る少女の声に男は大きく目を見開かせる。


「…………貴方、恨まれた…」

「う、恨まれたぁ!?俺が!?………まっ、まさかてめぇ……アイツの……」

「おっ。何だぁ?恨まれるような事をしたって自覚はあんの?」


不意に少女の後ろから楽しそうな少年の声が響く。
少女とは違う赤色のフードを深く被った少年はフードの下から覗く目をニッと歪めて意地悪そうに笑った。


「自覚があるんじゃ、言い逃れなんてできねぇよなぁ?………葵、やっていいよ」


“アオイ”と呼ばれた少女は小さく頷くと無表情のままゆっくりと鉄パイプを振り上げる。


「お……おい、待ってくれ……そんなつもりなかったんだ………だからっ、頼むっ!!殺さないで――――!」


懇願する男の声を遮るように葵が降り下ろした鉄パイプが鈍い音を放ち、辺りがシンッと静まり返る。


「………バーカ…」


静寂を破ったのは少年の声だった。
彼は先ほど、勢いよく地面のコンクリートを叩いた葵の鉄パイプと、その音に気を失った男とを見比べ、心底呆れたような表情を見せる。


「お前なんか殺す価値もねぇっての。……葵、行こ」


冷めた声色でそう言って少年が踵を返せば、葵は「うん」と頷き、鉄パイプを引き摺りながら小走りでその後を追う。


「……紅輝、紅輝…」

「ん?どしたぁ、葵…」

「今日、依頼……終わり?」


小首を傾げながら葵が尋ねると、“コウキ”と呼ばれた少年はポケットから携帯電話を取り出して何かを確認すると「んにゃ」と妙な声を上げた。


「今日はあと一件あるな。……っとにあの店長は……人使い荒いっつーの!……あー……腹減ったー…」


眉間に皺を寄せながら気だるそうな声を上げて紅輝は今まで深く被っていたフードを脱ぐ。
その隣で葵は引き摺っていた鉄パイプを胸の前で抱え直し、無表情だった顔を綻ばせて「あと一件…」とどこか嬉しそうに呟いた。







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