短編小説
□月と少女と青年と
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とある夜のことです。
その日はとても月がキレイだったので、若い男は河原へ散歩に行きました。
―月と少女と青年と―
男が河原に着くと、そこには先客がいました。
小さな女の子です。
その女の子は、水面に映る月を小さなバケツで何度も何度も掬っていました。
「何をしているんだい?」
男が尋ねると、女の子の肩がピクリと跳ね、怯えた表情でこちらを向きました。
男は優しく微笑み、女の子にもう一度、「何をしているの?」と言いました。
「お月様を取ってるの……」
少しおどおどした口調で女の子が言いました。
「どうしてお月様を取ってるんだい?」
また男が尋ねると、女の子はバケツの中の水を捨てて男に手招きをします。
男が近付くと、女の子は月を指差します。
「私、お姉ちゃんにお月様を見せてあげたいの。お兄ちゃん、なにか良い方法はないかしら?」
「こんな所に来なくても、家の窓を開ければ見れるじゃないか」
男の言葉に女の子は首を横に振りました。
「私のお家からじゃ、他のお家で見えないの」
「なら、お姉ちゃんも一緒に外に行けば良いじゃないか」
男の言葉に女の子は大きな目を悲し気に伏せました。
「……お姉ちゃんは、病気でお外に行けないの」
それを聞いた男は、「そっか…」と言葉を濁しました。
「…だからね、お姉ちゃんにもキレイなお月様を見せたいなって思って、私、お月様を取ってるんだけど、お月様は嫌がってバケツに入ってくれないの」
「そっか。なら――」
二人はしばらくの間、あれこれと話し合いましたが、結局その日は家に帰る事にしました。
別れ際に、女の子が「明日も来るよね?」と男に尋ねると、男は「もちろん」と言って、お別れしました。
その次の日は、朝からどしゃ降りの雨でした。
男の脳裏にあの女の子の姿が浮かび上がりましたが、さすがにそれはないだろうと思い、眠りにつきました。
また、次の日の夜、男はあの河原に行きましたが、女の子の姿はありませんでした。次の日も、そのまた次の日も女の子は河原に現れませんでした。
男は、諦めたのかと思い、その河原に通うのを止めました。
次の日の朝のことです。
小さな街は、とあるニュースで持ちきりでした。もちろん、男もそのニュースを知っていました。
小さなバケツと、女の子の亡骸が河原で発見されたニュースを。
――その日から、街の人たちは男の姿を見なくなりました…。
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