君と僕らのSchool Life

□レモンティー
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「38度1分………やっぱり、風邪じゃない?」



体温計に表示された数字を読み上げて一将は、ダルそうにテーブルに突っ伏す花代を見た。



「病院、行く?」

「大丈夫よ。ちょっと疲れてるだけだから……」

「……なら良いけど。今日はおとなしく寝てなよ?先輩には俺が連絡しとくからさ」

「うん、ありがと」


花代がそう言うと、一将はヘラリと笑って、「薬探してくるから、姉ちゃんは部屋に戻ってて」と立ち上がった。



「まさか、弟に介抱される日がくるとはね……」



花代は自嘲気味に笑って、部屋に戻りベッドに潜り込む。
それから少しして、水の入ったコップと薬を持った一将が部屋に入ってきた。




「お昼、お粥でいい?レトルトのだけど……」

「うちにそんなのあったっけ?」

「そこのコンビニで買ってくるの。他に何かいるものある?」

「ううん、大丈夫。……あお金……」



財布を取ろうと体を起こす花代を一将が慌てて制した。



「いいから!俺もそれなりに残ってるから!姉ちゃんは寝てなって!!」

「じゃあ、レシートあとで見せて。お金、返すから」

「ん、わかった」




小さく頷いて一将は部屋をあとにしようとする。その背中を見て、花代は思わず「イチ、」と彼を呼び止めてしまった。



「……どうしたの?何かいるもん思い出した?」



不思議そうに振り返る一将に対し、花代は少し気まずそうに顔を半分、布団で覆った。



「あ、いや………き……気を付けてね」

「ん。行ってきます」





静かに閉められた扉を見ながら、花代は深く溜め息を吐いて布団を被った。



「……何、不安感じてるのよ。アタシ……」



別にこの程度じゃ死ぬわけないのに……。


目を閉じて、もう一度深く息を吐けば、睡魔はすぐにやってきた。



ふと、遠くの方で携帯の着信が聞こえた気がした。
あぁ、このメロディは確か……―――



* * * *




『花代、本当に大丈夫なの?』



まだ少し新しい携帯越しにお母さんの心配そうな声がした。相変わらず、心配性なお母さんだ。



「平気よ。薬もさっき飲んだし、病院も行った」

『けど………やっぱり、お母さん、そっちに行こうか?』

「大丈夫だってば。アタシ、もう高1だよ?一人で平気だって」

『そう?なら良いけど……しんどくても、ちゃんとご飯食べるのよ?』

「うん、わかってる。………うん。じゃあ、切るね」



そう断ってから通話終了のボタンを押して、携帯を鞄の上に放り投げた。
本当はもう少し話していたかったけど……我慢する事にした。


風邪を引くと、どうも不安になる。頭ではわかってるけど、死ぬんじゃないかってバカみたいな事を考えてしまう。

静かに時を刻む時計の音がやけに大きく聞こえて、この世に独りぼっちになってしまったかのような錯覚を憶えた。



「………寝よ…」



寝てしまえばこんな不安は忘れられる。
アタシは布団を頭から被ってベッドに潜り込んだ。


その時、玄関から来客を知らせるチャイムが鳴り響いてきた。
……誰だろう。

無視しようかと思ったけどあまりにしつこくチャイムが鳴るから、仕方なく玄関に向かう事にした。




「どちら様――――」

「花代ちゃぁぁぁぁん!!」

「うわッ!?」



突然、何かに抱き付かれて体がふらついた。
え、ちょ、何!!?




「おいコラ、円香。花代は風邪引いてんだ。そんな激しいスキンシップは可哀想だろ」

「うぅ〜、だって心配だったんだもん」



ちょっと不服そうに頬を膨らませてさらに強くアタシを抱き締めたのは円香だった。
すると、円香の後ろにいたセーギ先輩が呆れながらも円香を引き剥がしてくれた。


「先輩に円香……なんで?」

「見舞いだよ、見舞い。あ、なんか食ったか?」



先輩の問いに、アタシが無言で首を横に振ると先輩は「なにぃ!」と声を上げた。



「そりゃいかん。円香、今すぐなんか作ってやれ」

「あいさー♪花代ちゃん、台所借りるね!」



いつの間に着替えたのだろう。円香は調理実習の時みたいにエプロン姿で台所に駆けてった。


…………って、



「……い、いいですよ!そんな!風邪うつるとまずいし、ご飯だって自分で………ひゃあッ!?」



突然、首筋に何か冷たい物が当てられた。
何かと思って見れば、セーギ先輩が紙パックのレモンティーをアタシの首筋に当てていた。



「……な〜に言ってんだ。独り暮らしだろうと、風邪引いてる時ぐらい誰かに甘えとけって。………あ、ちなみにコレ、お土産な。風邪ん時はレモンが良いんだってよ」



そう笑いながらセーギ先輩は、アタシにレモンティーを手渡してきた。



「え、でもコレ……」

「あー、金の事なら気にするな。部費で買った奴だから」



ぶ、部費……。



「ちょっと、セーギ先輩!花代ちゃんに手、出したら先輩だろうと本気で怒りますからね!!」

「なんだよそれ。…つか、手ぇ出してねぇよ!失礼な後輩め!!先輩、傷ついちゃうよ?」


軽い調子で言いながら、セーギ先輩はアタシの方を振り向いた。



「ほれ、何かできたら呼んでやるから、花代はそれでも飲みながら布団入っとけって」

「あ、はい……」




小さく頷いて部屋に戻った時には、さっきみたいな不安はいつの間にか消え失せていた。
これは、台所から聞こえる二人の話し声のおかげだろうか……。



* * * *



「………ん」



ふと、重みを感じて目が覚めた。まだぼんやりとした視界に何かが蠢く。

何、これ……。



「あ、花代ちゃん起きた♪」

「……………え」



ようやく回復した視界いっぱいに広がるのは、もうずいぶんと見慣れた円香の顔……………って、



「ちょっ、なんでアンタがここに居るのよ!?」

「なんでって、お見舞いに決まってるじゃ〜ん♪」

「お見舞いなら、人の布団に入ってくんな!!ちょっと、イチ!イチってば!!」



迫り来る円香を抑えながら必死にイチを呼ぶ。お願い早く来て!!



「どうしたの姉ちゃん………って、うわ。円香先輩、見てるだけって約束だったじゃないっすか」

「ごめ〜ん、我慢できなくて」

「…なんの我慢よっ………やっ、ちょっと!変なトコ触んなッ!バカ!」


思いっきり円香の頭を叩けば、円香は渋々アタシの上から降りた。……本当、ヤバかった……。



「おー。起きたか、花代」

「せ、セーギ先輩まで!?」

「うん。俺が、今日部活休むってメールしたらどうしても見舞いに来たいって言ってきて……」

「もう心配したんだよぉ?何度も電話しても全然出てくれないし……」

「電話?」



ベッドの横に置いてある携帯を取ってみれば、履歴いっぱいに円香の名前……。どこのストーカーよ、アンタ……。



「まぁ、元気そうで何よりだ。………あ。ほれ、お土産」

「え?」



ぽん、と手渡されたのは紙パックのレモンティー。

あの日と同じやつだ。



「………あ」

「風邪ん時はレモンがいいから、な♪」



ちなみに今回はちゃんと自腹だぞ。なんて、ニヤリと笑いながら言う先輩に、アタシもつられて笑った。




レモンティー





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