番外編
□仮定の話
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例え話でもしましょうか。
何の前触れもなく、凪がふと楽しそうな口調でそう言えば、柱を一本挟んだ右隣から「仮定の話は嫌いだ」という声が返ってきた。ずいぶん彼らしい答えだ、なんて笑いながら凪はおもむろに「ねぇ…」と口を開いた。
「もしも、ヤスが人間のままだったら、私たちは一生会う事はなかったのかな」
「さぁな」
…つまらない男だ。
しかし、それを言ってしまえば確実に彼が不機嫌になる。それはそれで面倒臭い。
凪は小さく溜め息をこぼすと「じゃあ、次」と質問を変えた。
「もしも、私が人間だったらどうだったと思う」
「さぁな」
「………私の話、聞いてる?」
「一応な」
「じゃあ、もっと真面目に答える気は―――」
「ない」
……本当、つまらない男。
呆れたような溜め息をこぼして小さく項垂れる凪に対し、泰人は素知らぬ表情で月を見上げて盃の酒を呷るだけ。
無関心にも程があるだろうと内心ぼやきながら凪は微かに唇を尖らせるが、隣に佇む柱のせいでその表情は泰人に伝わらない。
何としても彼を困らせてやろうと企む凪の頭に、ふと考えが浮かんだ。彼女は口元を微かに吊り上げると「ねぇ、」と柱の裏からヒョコっと顔を覗かせた。
「もしも、私がヤスの事を嫌いって言ったら……どうする?」
「………」
そこで初めて彼の答えが止まった。
パチパチと目を瞬かせたかと思えば、視線をあちこちに泳がせ始める。
……あぁ、困ってる。困ってる。
泰人の反応が可笑しくて思わず声を上げて笑えば、「お前なぁ……」と呆れたように泰人が小さく顔をしかめた。
「……さっきから何がしたいんだ、一体…」
「えー?可愛いヤスをちょっと困らせようと思って」
「……意味がわからん…」
相変わらず不機嫌そうに顔をしかめる泰人にまた笑いが込み上げる。そんな彼女を気に食わない、といった表情で眺めていた泰人だったが、ふとおもむろに「おい、」と口を開いて未だ柱の向こうで笑い続ける凪を呼んだ。
「ん?なに?」
「今度は俺からの質問だ」
「何かしら?」
「………逆に俺がお前の事を本当は嫌っていると言えば、どうする?」
「あり得ない」
「あ?」
以外にもアッサリ返ってきた凪の返答に思わず素っ頓狂な声を上げる泰人。すると凪は薄い笑みを浮かべたまま柱の裏から身を乗り出して彼に近付く。
「ヤスはそんな事は口で言わずに態度に表わすから、そんな質問はあり得ない。…それに、嫌いなら貴方は絶対近寄ってこないと思うけど?」
「………仮定の話だろ…」
「でも、仮定の話は嫌いなんでしょ?」
小さく笑ってそう言えば、泰人は短く息を吐いて「それもそうだな」と答えた。
―――仮定なんて考えたところで意味はない。
そう呟いた唇に軽く触れてみれば妙にこそばゆかった。
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