番外編
□風邪引きに良薬を
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“妖怪”と聞くと、人より遥かに丈夫そうなイメージがある。
例えば、お腹に大きな穴が開いても三日ほどで完治させてしまいそうな、そんなイメージ。
――――…でも、それは単なる私の思い違いだったと18年生きてきて初めて思い知らされた。
「………頭が痛いな…」
「そう思うなら大人しく寝ててください!」
………どうやら、妖怪も普通に風邪を引くらしい。
風邪引きに良薬を
―――私の目の前で「頭が痛い」とぼやく泰人さんは、正確に言えば妖怪ではなく、元・人間の妖怪モドキだ。
本人曰く「体の造りはほとんど人間のままだから風邪ぐらい引く」との事だが、私としては何だか少し納得がいかない。……一応、妖怪モドキなのに風邪って…。
……まぁ、おかげで泰人さんの看病という滅多にないイベントができる分、文句は口にしないでおく。
「………何か食べますか?」
布団の中で気だるそうに寝る泰人さんにそう尋ねると、間髪入れずに「いらん」と返ってきた。
「でも、何か食べないとお薬飲めませんよ?」
「飲まんでも風邪ぐらい治るだろ」
「お薬飲んだ方が楽になる事も――――」
「いらん」
………いい年して薬もロクに飲めないのだろうか、この人は…。
私の声を遮るように頭から布団を被って潜る泰人さんに思わず溜め息がこぼれた。
「………じゃあ、お水取ってきますから水分はちゃんと摂ってくださいね」
「…………ん、」
「…………」
あぁ、今の返事からして水も飲まないな、この人…。あまり確信はないが、なんとなくそんな気がした。
私はゆっくりと立ち上がって泰人さんの部屋を後にして、台所に水の入ったペットボトルを取りに行く。本当ならスポーツ飲料の方がいいのかもしれないけど、それだと余計に飲まないだろうな、泰人さん…。
「…………うん?」
不意に、視界の端で何かの影が通り過ぎた。一瞬、玖旺君か洸ちゃんかと思ったげど、今は二人ともいない。何より、高さが全然違う。
「………まさか…」
嫌な予感が胸を過り、慌てて台所を飛び出せば、案の定、日の差す縁側にはちょこんと腰掛ける泰人さんの姿があった。その手には煙草の箱。
「ちょっ、ちょっと!泰人さん、何してるんですかっ!」
「うるさいな、煙草ぐらい好きなときに吸わせろ」
「病人が何言ってるんですか!?大人しく寝ててください!!」
すかさず、泰人さんの手から煙草の箱を取り上げれば、「あっ」と声をもらして恨めしそうに私を見上げた。
「そんな顔してもダメなものはダメです!はい、部屋に戻りますよ!」
「………ちっ」
「舌打ちしない」
縁側に座る泰人さんの腕を引っ張って立たせると、少し体温が高いのに気が付いた。
……熱もあるのかな。
「引っ付くな。一人でも歩ける」
「ダーメ!私が手を離したら泰人さん、逃げるでしょ?」
「馬鹿か、逃げてどうする」
「そ、それはそうですけど……でも、やっぱりダメです!」
そう言って、無理矢理に泰人さんを引っ張れば、頭の上から「意味がわからん」と聞こえた。
私だって分からない。
ふらふらと覚束無い足取りの泰人さんを部屋まで連れて行ってそのまま布団に寝かせる。
思いの外すんなりと布団に入ってくれた泰人さんに安心しながら私もその横に腰を降ろせば、心底怪訝そうに泰人さんが私を見た。
「………何で座る」
「見張りです」
「ガキか、俺は……」
「泰人さんが子どもなら煙草なんて吸いに出ませんよ」
そう言ってやれば、泰人さんが小さく顔をしかめた。
「…………伝染るぞ、風邪」
「その時は看病してください」
「断る」
「むぅ……じゃあ、せめて優しく接してくださいね」
もちろん、それは冗談のつもり。
すると、泰人さんはぼんやりと眠たそうな目を細め、「……覚えてたらな」と呟いた。ほとんど呂律が不確かだったけど、確かに聞こえたその言葉に私は驚いて、「えっ!?」と聞き返す。
だけど、その時にはもう泰人さんの意識はなく、ただ静かな寝息だけが返ってきた。
「…熱のせい……だよね…?」
きっと意識がぼんやりしていたから適当に返しただけなんだ。
そう自分に言い聞かせて私は熱くなった頬を押さえた。
――――――
うー……ぐだぐだ…。
ギャグにするか、ほのぼのにするか迷った結果がこれか……。