番外編

□不可解心情
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その人は、私が見上げないといけないぐらい背が高い。昔の人なのに、すごく背が高い。
でも、私がそう言うと決まってその人は「お前が小さいんだよ、阿呆」って私の鼻をつまむ。阿呆は余計だ。

背の高いその人は背筋もいい。ピシッとしている分、余計に背が高く見える。
……でも、煙草を吹かしている時や、一人でいる時の彼の背中はずいぶん丸い。猫みたいだ。
本当は無理してるのかな?そう考えると少し可愛く思えるけど、言ったらまた私の鼻をつまむんだろうな。


「……泰人さん、背筋いいですね」

「あ?そうか?」

「うん、ピシッとしてる」

「お前が丸まり過ぎてるだけだろ、阿呆」


嘘つき、貴方の方が丸くなってるもん。


「寝る時ぐらいでいいんだよ、丸くなるのは」


そう言えば、その人は寝る時も背中が丸い。猫が縁側で寝てるのと同じぐらいに。

寝てる時の彼は眉間に皺がない。ちょっと好き。少しだけ顔付きが幼く見えて可愛いような気がするから。本人には言えないんだけど。
……でも、眉間に皺がある時の顔も嫌いじゃない。その顔が一番似合ってると私は思う。


「…あんまジロジロ人の顔眺めんな、感じ悪い」


その人はぶっきらぼうで冷たい。その冷たさが最初は怖く感じた。そう、最初は。
今は、冷たさの中にも彼なりの優しさがある事を知った。ただ、人より不器用だから誤解されやすいんだと思う。本当は不器用で優しい人。

……でも、時々その人は寂しい人にもなってしまう。

その人は私が想像もできないような長い時間を生きてきた。
長い時間、いろんな人と出会い、いろんな人を失ってきたのだろう。
その人は時々ふと、思い出したように表情を曇らせる事がある。きっと本人は気付いてないと思うけど。


「………なんだ」

「何でもないですよーだ」

「……意味が分からん」


分からなくていい。
私だって分からないから。




不可解




俺の隣を歩くそいつは良く表情が変わる。怒ったと思えば突然泣き出して、いつの間にか笑ってる。
忙しない奴。だが、見てて飽きない。


「アホみたいに笑うな、お前は」

「あっ、アホって何ですか!アホって!」

「うるさい」

「んぎゅっ!?」


最近一つ気付いた事。こいつの鼻の位置がちょうど摘まみやすい位置にあるという事。
気付く必要のないどうでもいい発見だが、憂さ晴らし程度にはちょうどいい。


「ちょっ、泰人さん……い、痛い…!」

「ん?あぁ、悪い」


鼻を押さえて涙ぐむそいつは、俺とは違う普通の人間。力を持たない、弱い奴。
本来なら絶対に接点なんてないのだが、そいつは今、俺の隣にいる。……いや、こちら側に引きずり込んだのは俺か…。

そのきっかけを生んだ“あの日”を10年以上経った今でも覚えている。
本当は後悔しているのかもしれない、俺は。“あの日”、何もかも間に合わなかった自分の情けなさに。
もし、もっと早くに事態を気付く事ができれば、そいつから“シアワセ”を奪う事はなく、こちら側に引きずり込む事もなかったのでは、と…。


「………お前は、」


ここにいて“シアワセ”か?

………何て、そんな事が素直に尋ねれたら、この心中の靄は晴れてくれるだろうか。


「?………どうしたんですか?急に黙って……」

「いや………何でもない」

「ふーん………変な泰人さん」

「普段のお前よりかはマシだ」

「なっ、何ですかそれぇ!」

「………冗談だ」


そう言って、そいつの頭に軽く手を置いてやれば、そいつは目を細めて小さく笑う。

………そう言えば昔、アイツが言っていた。『シアワセを感じれば、誰でも笑うものだ』と。

ならば、お前もシアワセだから笑っているのか?



なぁ、杏奈。







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