番外編

□ココロナシ
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妖に心はない。

ふと脳裏を過った昔の教えは、目の前で涙を流す彼女によって呆気なく覆された。


「何故、泣く…」

「えー?泣いてないわよ?」


おどけるような口振りとは反対に震えた声でそう言って凪は淀んだ鉛色に染まる空を見上げ続ける。目さえも合わせようとはしない。


「……だったら、こっち向けばいいだろ」

「嫌よ、向きたくない」

「あ?」

「……ヤスだって、いつも私と目、合わせないでしょ」


どうして俺の話になる。

一瞬込み上げた苛立ちのような感覚はすぐさま呆れへと変わり、溜め息となる。


「おい、凪…」


相変わらず空を見上げ続ける彼女の肩を掴み、そのまま無理矢理に自分の方を向かせて俺は思わず、目を見開いた。
半べそぐらいだと思っていた凪の両目には予想していたよりも遥かに大きい粒が留まっており、彼女が瞬きをしたと同時にそれは音もなく頬を伝う。


「ちょっ……止めて!」

「っ!?」


俺の手を振りほどくように飛んできた左手を慌てて受け止めれば、すかさず右手が俺の肩を叩く。


「………痛いだろ」

「貴方が悪いんじゃない…」

「………何で泣く…」

「…泣いてない……」

「………」

「…………」


妙な沈黙。
自分でこうしておいて言うのもなんだが、居心地が悪い。どうした物かと考えていると不意に凪が「あのね…」と口を開いた。


「仲間が死んだの…」

「それは知っている、俺もその場にいただろう」

「………仲間の死が私は悲しいの、だから泣いてる…」

「…妖は心を持たない、そう聞いたが?」

「それは貴方たちの勝手な決めつけよ……」


震える声でそう呟いた凪の頭がふと俺の肩に凭れかかった。


「妖だって泣く。命があるから、心もある…。人が私に心がないって言うのは知らないから、知ろうとしないから…」


ポツリ、ポツリと呟くそれはまるで一人言のようにも聞こえる。


「……本当に心がないのは人間の方かもしれんな」


自嘲っぽくそう呟いた俺の言葉も恐らく一人言に過ぎない。




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