番外編

□これも一つの物語
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※主と式神設定




式を呼び出すための札を一枚取り出して座布団の上に置いてみる。


「………泰人さん、泰人さ〜ん………出てきてくれませんか〜……?」


札に向けてそう呼び掛けてはみるものの、それに変化が起きる様子はまったくない。


「ねぇ、出てきてくださいよぉ〜……私、困ってるんですってばぁ〜」

「…………お前はいつになればまともに式神を呼べるようになるんだ」


不意に背後から聞こえた声に彼女―――杏奈は「ぎゃっ」と妙な悲鳴を上げて振り返る。そして、いつの間にか背後に立っていた男の姿に「あぁ〜!」と表情を輝かせた。


「良かったぁ!出てきてくれたんですね!」

「阿呆。式神を呼ぶときは言霊と契約者の血がいると何度言えば分かるんだ。……言霊と供物なしでこっちから現世にくるのにどれだけ俺が妖力を消費してると……」


ぶつくさと苛立ったように文句をこぼし、泰人と呼ばれた式神はどこからともなく煙管を取り出し、紫煙を燻らせる。


「だ、だって……血、嫌じゃないですか…。指痛いし…」

「陰陽師になる者が、んな事をぬかすな」

「わっ、私だって好きで修行してる訳じゃ―――!!」

「だったら何で俺を喚ぼうとする」

「う………」


言葉を詰まらせ、大きく項垂れる彼女に溜め息をこぼして、「それで?」と横目で杏奈を見る。


「今日は何の用だ?虫か?掃除か?またくだらん愚痴か?」

「………取ってください」

「あ?」

「あれ、取ってください…」


恥ずかしいのか蚊の鳴くような声でそう言って杏奈が指差したのは、自分より背の高い棚の上に置かれた箱。恐らく、茶請けか何かだろう。


「…………」

「…………あの、泰人さん…?」

「…………お前は式神を何だと思ってんだ」

「えっと…………便利屋さん?」


ピクリ、と泰人の口元が大きく引き吊ったのは杏奈にもハッキリ分かった。
またあれこれ言われるのかな、何て思った矢先、泰人の口が薄く開かれる。
………が、しかし。文句がその口からこぼれる事はなく、代わりにこぼれたのは「あぁぁ〜………くそっ!!」という唸り声に近いもの。


「……あれだな」

「あれです。そろそろお茶にしようかと思って。……それで泰人さん喚んだのもあるんですよ」

「………はぁ…」


何度目かの溜め息を吐き出して、泰人は目の高さとほぼ同じ位置にある茶請けの菓子をヒョイと取り、杏奈の前に突き付ける。
そもそも、何でこんな所に置いてあるんだ。


「ありがとうございます!……これ、すごく美味しいって聞いてて泰人さんと食べようって決めたんです」


――――…だから、一人で食べないようにと思って隠してたら………取れなくなっちゃって…。


苦笑いを浮かべながらそう言った杏奈に泰人は「そうかい」と呟く。


「あ、じゃあ、私お茶淹れますね。泰人さん、まだしばらく現世に留まれますか?」

「俺の妖力の心配するなら、ちゃんと正規の喚び方しろ」

「私が喚ぶ方が泰人さん、こっちに居れる時間がちょっとになっちゃいますよ?」

「…………早く淹れてこい」


追い払うような手の仕草をしつつ彼がそう言うと、杏奈は表情を綻ばせ、台所の方へ向かう。
遠ざかっていく足音を耳にしながら泰人は「まったく…」と声をこぼし、口元を緩めた。




―――――
こういう主従も好き



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