番外編

□さよならの形
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※未来形IF




ずっと一緒に居れると思ってたはずなのに、いつの間にか私と皆の間に大きな距離が空いていた。

……いや、彼らとの距離なんて最初から詰めれる訳がなかった。
彼らは妖怪、私は人間。生きていく時間の感覚が違う。

高校生だった私はいつの間にか大人に。でも、彼らは何も変わらない。今も昔も、何一つ。
いつか私は彼らに追い付けなくなって置いていかれてしまうのだろうか……。

それは少し、寂しい。







「―――……泰人さんたちはズルいですよ」


ポツリ、と杏奈の口から溢れた一言に、泰人は盃から口を離し、「あぁ?」と怪訝そうな声を溢した。


「何言ってんだ、突然……」

「だって、そうじゃないですか。私が大人になっても皆変わらない……私だけ老けるってズルいですよぉ!」


つい大きな声が出てしまったが、もう気にしない。杏奈は目の前に置いていた盃を少し乱暴に持ち上げ、中の酒を一気に飲み干した。


「おい、やけ酒か?」

「そうやって何とでも上から言ってればいいじゃないですかー。その間に私は老けていきますから……」


面倒な酔い方だな、お前……。
そう言いかけた言葉は酒と一緒に飲み込んだ。


「……別にお前だけが歳食ってるだけじゃねぇだろ。妖怪だって歳ぐらいとる。玖旺も洸もな」

「でも見た目は全然変わらないじゃん。洸ちゃん、まだ子どもだし……」

「……まぁ、生きる時間軸はまったく違うからな。俺からすれば、お前に会ったのはつい最近も同然だ」

「ほら、やっぱり私だけ老けていくんだー!ズルいー!私も若くいたいぃー!」


バタバタと足をバタつかせて喚く杏奈に少し鬱陶しさを感じてきた。それと同時に呆れもだ。


「若くって……お前、まだ24だろ。十分じゃねーか」

「はいはい、そーですね。千年近く生きてる泰人さんからしたら私は子ども……赤ちゃんぐらいですよ、どーせ」

「………そこまでは言ってねぇだろ……」


深い溜め息を一つ溢して、泰人は空になっていた杏奈の盃に酒を注いでやる。それを彼女はまた一気に飲み干した。


「……面倒な奴とか思ってるでしょ」

「あぁ、隠す気はなかった」

「だと思いましたよ」


小さく鼻を鳴らしながら今度は杏奈が泰人の盃に酒を注ぐ。それを縁のギリギリまで。


「おい、地味な嫌がらせするんじゃねぇ。飲みにくいだろ」

「嫌がらせなんかじゃないですー。酔っ払いだからちょっと手元が狂ったんですー」

「……ったく…」


また溜め息を一つ溢して泰人はそろそろと盃に口をつけて酒を煽る。

あぁ、本当に飲みにくい。

その間にも杏奈は「ズルい、ズルい」とぼやき続ける。完全に酔いが回ってしまっているようだ。恐らく本人も今自分が何を言ってるか分かってないだろう。


「………なぁ、杏奈」

「なんですか」

「何をそんなに焦る必要がある」


先程とは全く違う落ち着いた泰人の声に、杏奈は一瞬口を開きかけたがすぐに一文字に閉ざし、唇を噛み締める。


「……今まで散々好き放題喚いたんだ。今さら遠慮なんかすんじゃねぇよ」


そう彼が促せば、閉ざされていた彼女の唇が徐々に開き、微かに何かを囁いた。

「………だって、」

「あ?」

「だって、少しでも長く皆と居たい、から……」

「まだまだ十分先はあるだろ、お前の人生は」

「それでも泰人さんたちにとってはあっという間じゃないですか」

「………」


まぁ、確かに。

酔っ払いながら意外にも的を得ている彼女の言葉に思わず泰人も頷いてしまう。しかし、それでもこれは事実だ。
人間の一生なんて自分や妖怪からすればあっという間。良くて一年程度、下手をすれば一眠り程度の感覚かもしれない。泰人自身、人間だった頃の感覚がずいぶんと鈍ってしまって忘れていたが、人間の一生は酷く呆気ない物だ。


「―――……置いていく側は大して何とも思わないかもしれないけど、置いていかれる側は寂しいんれすよ……」


どこか怪しい呂律でそう言って杏奈は自分と泰人の間にある卓袱台にノロノロと突っ伏した。


「――――……だったら、お前もこっち側に――――」


そこまで言いかけて泰人はハッと我に返り、口を閉ざした。

一体何を言うつもりだったんだ、俺は。

顔をしかめながら言いかけた言葉の代わりに何度目かの深い溜め息を吐き出し、静かに「すまん」と呟いた。


「……今のは忘れてくれ。さすがに不適切すぎた」

「………」

「………おい?」


全く反応のない杏奈を怪訝に思い、泰人が突っ伏す彼女の顔を覗き込むと、ずいぶんと穏やかな表情で眠る杏奈の顔が目に止まった。

……潰れたか。

少しだけ安堵したように息を吐き、泰人は再び空になっていた盃に酒を注ぐ。そして、思い出したように喉の奥を鳴らしてクッと笑った。


「置いていかれる側は寂しい、か……。少しはこっちの気持ちも考えろ」


置いていく方も十分辛いに決まっている。







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