RAIN OF BLOOD
□伍 約束
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「!!」
『テメェは……っ!?』
驚愕の表情を浮かべる二人に対し、泰人の腕を掴んだ白い腕の持ち主―――凪は「ごめんなさいね」と妖魔に向かって小さく微笑んだ。
「……勝手で悪いけど、ヤス借りるから」
『ふざけんな!どうしてテメェがここに――――』
妖魔の言葉が終るよりも先に、何処からともなく現れた白が真っ黒な闇と妖魔を呑みこみ、辺りを白一色に塗り替えた。妖魔の姿が消えたのを確認すると凪は安心したように小さく息を吐いて優しげな笑みとともに、未だ呆然としている泰人の方を振り返った。
「久しぶりね、ヤス」
「…なんで……お前がここに…」
「ごめんね、本当は話してあげたいんだけど私にはあまり時間がないの」
「だが…―――っ!」
意義ありげな声を上げる泰人の言葉を遮るかのように凪はその白い手を彼の頬に添えて、真っ直ぐと力強い眼差しで泰人を見た。どこか戸惑いの表情を浮かべる泰人に凪は眼差しと同じくらい真っ直ぐとした声色で「ヤス、死なないで」と言った。
「……お願い、死のうなんて事だけは考えないで。私はそんな事をしてほしいがために貴方を生かしてるんじゃない」
凪の言葉に泰人は驚いたように目を丸くさせ、すぐにその表情を悲しみや苦しみに歪ませた。そして小刻みに震える唇をおもむろに開いた。
「お前は……お前はそこまでして俺をまだ苦しめるのか…?…許せとは言わない……許されるとは思っちゃいない……だが、苦しいのはもうごめんだ!俺はもう長く生き過ぎた!十分だ!!……頼むから…少しぐらい……俺を楽にさせてくれ……っ」
「違う!ヤスは悪くない。何も罪を背負う必要もない……だから、そんな馬鹿な事は止めて。妖魔なんかに負けないで!貴方はあの折原家の神童なんでしょう!?」
「っ………それでも、俺は……」
「確かに辛いかもしれない…苦しいかもしれない…。でも……それでも生きて………生きてください――――…泰人さんっ!!」
泰人の胸に縋りつくようにして声を張り上げたのは凪ではなく、杏奈だった。
「お前………なんで…」
大きな瞳から大粒の涙を溢し泣き叫ぶ彼女に、ただ目を瞬かせる泰人。それでも彼女は大量の涙と共に声を張り上げる。
「みんな………みんな泰人さんの帰りを待ってるんです!私も玖旺くんも、晄ちゃんも!!…だから………だから、いつまでもこんな所にいないで早く帰ってきてくださいよぉ…っ!!」
挙句の果てに声を上げて泣く事しかしなくなった杏奈の姿を泰人は呆然と眺めていたが、やがて何か諦めたように小さく苦笑すると、そのまま自分の胸に縋りついて幼子のように泣きじゃくる杏奈の肩に頭を軽く埋めた。
突然の事に杏奈は驚いて泣くのをやめて「泰人さん……?」と彼の顔を覗き込もうとする。
「………ったく、人の気も知らないで好き勝手に泣き叫びやがって……馬鹿だろ、お前…」
「…それでも、みんなの気持ちを考えないで死のうとした泰人さんより、ずっとマシです」
「…そう、かもな……」
肩に顔を埋められているせいで泰人の表情を窺う事は出来なかったが、少しだけくぐもった声と服越しに感じる湿った感覚に杏奈はすぐに泰人が泣いている事を察した。
彼女は少しだけ悩んで、泰人の胸の前に置いていた腕をそっと彼の背中に回した。
「………少し、待ってろ」
「…え?」
「今すぐには無理だが、必ず帰ってきてやる。……だから、少し待ってろ」
「ほ、本当に?」
どこか嬉しそうな声を上げる杏奈に泰人は彼女の肩に埋めていた顔をゆっくりと離すと穏やかな薄い笑みを浮かべて彼女を真っ直ぐと見た。
「―――…あぁ、約束だ」
そう言えば、杏奈は今にもまた泣きそうな顔で何度も大きく頷き、「待ってますから!」と笑うと霧が晴れるようにその姿を消した。
一人残された泰人はまだ微かに残る杏奈の体温に小さく口元を緩めると、眠るように瞼を閉じた。
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