RAIN OF BLOOD

□参 夢のまた夢
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――…翌朝。


「…行ってきまぁす」


杏奈は、小さく欠伸をしながら家を出た。


(……なんか…体ダルい…)

首を少し動かすと、ゴキッと関節が鳴る。


(……私、昨日、何かしたっけ?)


昨日のことを振り替えるが、思い当たる節がない。
杏奈は、まぁ良いかと呟き、歩き出した瞬間、


「――…あの、すいません…」


一人の男が杏奈に話しかけてきた。やけに背が高い男だ。その男の手には地図が握られている。


「…?…何ですか?」

「ここに行きたいんですけど、道が分からなくて…」


そう言って、男は手にしていた地図を彼女の方向けて差し出す。


(………アレ?この人、どこかで…)


ボーッと男の顔を眺めていると、その視線に気づいた男が怪訝そうな表情を浮かべた。


「……何か?」

「い、いえ何でもないです!!」


慌てて首を横に振りながら杏奈はようやく男が差し出した地図を見て、小さく微笑んだ。


「あ、ここですね!ここは…――」







「―――…どうも有り難うございました」


男が律儀にぺこりと頭を下げると杏奈は慌てて手を顔の前でパタパタと振る。


「いえいえ。…それじゃ、私はこれで………」

「あ、あの、すみません」


杏奈が立ち去ろうとすると、男が慌てて呼び止めた。


「?…何ですか?」

「あの…。もしかしたら違うかもしれませんが―――……以前どこかでお会いしませんでしたか?」


男の質問に杏奈は目を少し見開き、考えるように小首を傾げた。


「……うーん。…多分…会ってないと思いますけど…?」


杏奈がそう言うと、男は苦笑しながら「そう、ですよね。…すみません、人違いでした」と言った。


「……それじゃあ、私、学校なんで」

「本当に有り難うございました」


男が小さく微笑むと、杏奈もニコリと微笑んで走りだした。


「……」


杏奈の姿が見えなくなると男の表情は微笑みから、無表情に変わる。
そして、くるりと振り返り今まで何事もなかったようにさっさと歩き出す。




「―――…泰人、どうだった?」


不意に横から声がした。ゆっくりと、視線をそっちに向けると、いつから居たのか晄が猫のように塀の上を歩いていた。


「……安心しろ。記憶はしっかり消えていた」


「そう。なら良い」


短くそう答えて、晄は身軽にヒョイっと塀から飛び降りる。


「……玖旺から伝言」

「何だ?」

「アレが数年ぶりに人世[ヒトヨ]に足を踏入れたって…」


彼女の言葉に泰人は僅かに眉間に皺を寄せた。


「…そうか。場所の特定は?」

「まだ。今も玖旺が探してるけど、さっぱり」

「……あまり、モタモタするなよ。アレがアイツを見つけたら厄介だからな…」


そう言って、泰人は上着のポケットから煙草を取りだし火をつけた。


「わかってる。だからこうして私らも焦ってる」

「…分かった分かった…。もう戻って良いぞ…」

「………」


まるで猫を追い払うような泰人の手に、晄は少し不満げな顔をしながらも、何も言わずに歩き出した。だがすぐに振り返り、泰人を軽く睨み付けながら言い放った。


「……泰人。……笑うとなんか…変」


それだけ言うと、晄は再び歩き出した。


「………知ってる」


肺に溜まった煙草の煙を吐きながら泰人は小さく呟いた。


* * * *



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